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第2の事件

さあ知恵比べ開始だ!

「にゃーあああぁぁぁいいいぃぃぃ!」

 教室に着いて、バッグの中身を確認した萬ヶ原は、柄にもなくキャラでもなく、ただ単に叫んでいた。

「ぎいいいぃぃぃやあああぁぁぁ!」

 頭をかきむしり、狂乱する彼女に九はやさしく、「病院に行った方がいいんじゃないの?」と声をかけた。

「良い精神科医を知って……る……よっ?」

 九は突然に胸ぐらをつかまれ、揺さぶられると、

「もういい加減にして。だれだか知らないけど、どこまで私に迷惑かければ気が済むの……。明らかに窃盗罪じゃない……これはさあ」

 つばをとばしながら訴えかける萬ヶ原の目は、赤く充血していた。

「…………っ? ど、どうかしたのかよ」

 九は軽率な言動を恥じ、そう訊いた。

「バッグの中身、全部盗まれた……」

 萬ヶ原の涙声を聞いていると、悲嘆さが肌を突き刺すようにして伝わってきた。彼女の純粋な感情表現がそうさせているのだろう。

「な……なんていう悪質な。まずいな。早く先生に相談しないと――」

 事件を伝えるため、雷鳴のように駆けだそうとした九を、萬ヶ原は両手でおさえつけた。

「ちょっと待って。犯人はこの学校、それもこのクラス内にいるらしいことは、なんとなく判断できたでしょう? だったらもうちょっと慎重に動かなきゃダメだと思うよ。内々に機密行動をとっていかないと、悪質化する可能性も否めないと思うな」

 窃盗が校内で起きたことから、この学校内にいる全員が容疑者候補として考えられる。

 また事件発生現場がこの教室であったことから、ここに出入りしていても怪しくない人物。イコール、うちのクラスのだれもが容疑者候補として考え得る。ただし、遅刻者などはもともと監視の目がない状態なので、そういった者(他クラスであっても)にもアリバイは成立しないわけだ。

 以上のことをふまえてみても、やはり自分のクラスが一番怪しく思えてくる。このクラスのだれかが、犯人となる蓋然性は比較的高いのだ。

「しかしだからといって、何もせずにただ黙って指をくわえて待っていても時間がムダに過ぎていくばかりだろ。バカ丸出しの担任だけど、それでも力は貸してくれるはずだ」

「いや、そういう意味じゃなくて」

 萬ヶ原はもどかしそうに手を動かしながら、「助力を求める行為自体が危険なんだっていうことも考えられるじゃん」

「担任にたすけを求めることが危険? どういうことだ?」

「だから、先生という強力な第3勢力が加入したことによって、さらに嫌がらせがエスカレートするんじゃないかっていうこと」

 ふーん……。文字通りヒートアップするってわけか。

 白熱のバトル。

 なんかカッコいい響きだ。

「まあ今から告げにいくにしろ、いかないにしろ、結局は報告しないといけないな。こんなことがありましたって……」

「はあ~、そうだよね。教材もとられてるし。九、ついてきてくれる?」

「おう、任せろ! べろが長い先生にガツンと言っておいてやる」


 1時間目の終了を告げるチャイムが、教師のいない教室内でこだましていた。

「うっし。そんじゃ行くか。担任探しに――」

 九は立ち上がって、となりの席にいる萬ヶ原に声をかけた。

「探しにって……職員室にいるんじゃ……」

「あいつがあんな狭っ苦しくて、堅っ苦しくて、息っ苦しい密閉空間におさまっていると思うか? だれよりも自由奔放で、天衣無縫にふるまうあいつが……」

「なるほど。それはありえないね。だったらその辺の教室とか適当にぶらぶら散歩してるって言われた方がよっぽど納得できる」

 念のため注記しておくが、ふつうの先生はホームルームをやっている時間帯だったのだ。

 それを放棄している時点で充分に常軌を逸していることがおわかりだろう。つまり二担任は『私立高校』ゆえの戒律のゆるさを存分に利用しているのだ。

 これが公立高校だったらまずクビが飛ぶであろうが、私立には校長よりも偉い理事長がいる。だから別に、校長に目をつけられたとしても理事長に嫌われなければ解雇にはならないし、私立校で解雇になるのは臨時職員とか、育児休暇をとる職員とか、まあその程度だろう。

「そして二担任がよく行く場所といえば、体育館前の自販機だ。あそこでコーヒー買って飲んでるとこ、何度も見たことあるぞ」

 二担任は授業をサボりたい時や、職務をサボりたい時、学校をサボりたい時など、ポジティブにマイナスな事を考える時は、たしかによくそこを訪れていた。

「じゃあ行ってみる?」

 体育館前に来てみると、やっぱりいた。

 二担任は500ミリペットボトルのファンタグレープを飲んでいて、のほほんと自販機を眺めたりしている。

「二先生! なにしてるんですか!」

 こちら側には完全に尻を向けていて、全く気付かぬ様子だったので、九は驚かすようにして言葉を投げたが、

「いやー、この自販機って当たり付きじゃん。なのに1回も当たったことねーなと思って」

 平坦でじつにおもしろ味のない返事がかえってきた。

 ちなみにその自販機は、商品を買うと電子モニターに映っているスロットがまわり始め、必ずリーチがかかり最後にはずれるという鉄則があった。当たると最安値のジュース1本が無料でついてくるというので、なかなか貧乏性のあるものの心理をとらえているようだった。

「先生、おごってくださいよ。授業サボった口止め料として」

「ダメだ。特定の生徒に対し、そのようなことはできない決まりになっている」

「決まり? ――ハッ!」

 バカにしたような笑みを見せ始める九。彼の悪知恵が働いた証拠だ。

「決まりねえ。決まりかあ。……ふう~ん」

 相手を焦らしながら、出方をうかがう。

 ――目の照準は定まっているか。まばたきの回数は正常か。呼吸は乱れていないか。

 このようなことも、もちろん判断材料に入れ、交渉をすすめていく。

 ペースは必然、九が掌握することになった。

「質問いいですか? 授業を無断でサボったり、テストの採点も丸投げ。解答解説も教えず、たかが諸連絡のひとつやふたつも憶えていられない。このようなバカ教師は、はたしてあなたのいう『決まり』とやらに該当するのでしょうか? つまりそのバカ教師の粗雑な愚行は合法として看過されてしまうのかと訊いているんです」

「すまない。日本語はいまいち得意じゃなくってな。わかりやすく言い換えてもらえる?」

「授業を無断で休むのは、規則に反しないのですか?」

「まあその点について怒っているのならば、この安っぽい頭を赤べこみたいに振ってやろうか?」

「赤べこ?」

「福島の郷土玩具だ。ご当地ネタは苦手か?」

 九が黙ったままでいると、二担任も察したらしく、

「ドリンクはおごってやるから安心しろ」

 と、無表情で言い、

「で、本当はどんな用事で来たんだ? まさかジュース欲しさに会いに来たわけでもあるまい」

「ええ……。じつは……」

 二担任は息を詰めて聞こうとしたが、

「まあそれは飲み物を買ってからということにしてもいいですか?」

 と九に言われたので、仕方なしに財布から1,000円札を抜き出し、「わかった」と応じた。

 九も萬ヶ原も、『あえて』ペットボトルの最高値を買ったが、残念。ルーレットの数字はそろわなかった。

 ある程度のどを潤したところで、

「萬ヶ原あてのおかしな脅迫メールの件」と、「萬ヶ原のバッグの中身が盗まれた件」を九は話し始めた。

 二担任はあきらかにいやそうな顔をして聞いていたが、そのくせ終始無言であった。

がんばって書きました!!

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