恋なんて下心
爪は骨ではなく、ケラチンという髪の毛と同じ成分なんですよ。
骨といえば「君麻呂」ってわかりますか? 『NARUTO』の。
あいつってよく考えるとけっこうグロいですよね。
腹から骨が飛び出してくるし……
オチもついて落ちついたところで、夕食の時間になった。
いわずもがな、いちばん『おかわり』をしたのは月見里で、ご飯は3升も食べた。3合ではなくて、3升。この食欲が彼の身体をかたちづくっているのだ。
「なあなあ、ちょっと訊かせてくれよ、月見里」
「ん?なにをだ?」
食後の自由時間。
30分後にはレクリエーションがあるが、その前のブレイクタイム。
「お前、火熨斗といっしょに、四十川たちの部屋にいったんだって?」
九十九は自動販売機でファンタグレープを買った。
火熨斗というのは、月見里と同じ班の班員である。フルネームは、火熨斗摺だ。
「ああ……。なんつーか、そういうのはお約束だからな」
月見里はスプライトのプルタブを起こす。プシュッと音がした。
「まあな。おれだってそれをどうのこうのいうつもりはねーよ。ただ……」
「なんだ?」
月見里は缶をかたむけて、ジュースを飲む。
「訊かせてくれ。いや、聴かせてくれ。四十川のやつ、おれのことをなんかいってなかったか?」
「べつにそんなことはなにも……」
九十九は――
拒止するように拒否するように拒絶するように、四十川をふったので、それを悔やんでいた。
もっと話しあって示談にすればよかったのではないか。和解してわかりあえばよかったのではないか。
と。
そのことをずっと悩んでいた。
だから、
月見里の言葉にすくわれた。
「ほかには……ほかに、なにかいってなかったか?」
「ほかに?ああ、そういえば」
飲み干した缶をくしゃっとつぶし、
「…………………………………………………………………………………………。だってさ」
月見里は伝言をおしえた。
「マジか……。いったいなんだろうな。わかった。ありがとう」
腕を大きくふりながら、九十九は駆けだした。
「恋っていう漢字は、なんだか卑猥よね」
教師陣はあらかじめ大広間に集まって、イスを準備していた。
「どこがですか?一二先生」
早くもなまけて、円形にならべられているイスに座る二社会科教諭。
元野球選手の野村克也さんは、長生きするために引退後はいちどもトレーニングをしていないらしいが、そういう意味でいくと、二社会科教諭もそうとう長生きできそうだ。
「だって、亦っていう字の下に、心という漢字が重なっているのよ」
「そうですね」
テキパキと働く一二英語教諭と、ダラダラする二社会科教諭は、まさしく二項対立だ。
「ところで――二先生。志とか忘とか、惑とか感とか、恵とか怠とか、息とか怎とか、忠とか患とか、怒とか恕とか、忽とか怱とか、悤とか恩とか、悪とか惡とか、慿とか憑とか、恙とか恚とか、慮とか應とか、忿とか忩とか、憩とか憇とか、慾とか慤とか、意とか憙とか、懲とか懲とか、そういう漢字に共通する部首って、なんだかわかるかしら……」
「したごころ、ですか?」
「……そうよ、よくわかったわね」
「まあ、なんとなくわかったんですよ」
「それなら話が早いわ」
一二英語教諭は満足そうにうなずいて、
「恋なんていうのは、ただのしたごころじゃないかしら」
「…………」
「愛だなんだって、変だとおもわない?」
「…………。そう、かもしれませんね」
二社会科教諭は肯定した。
が、
「しかし、愛はこの世でもっとも、純潔で純白で純粋で純愛で純情な感情なのではないでしょうか。したごころだのみだらだの卑猥だのって、女性の偏見ですよ。したごころがなければ、ひとを好きになることもありませんからね。男性も、女性も……」
一二英語教諭はおもわず吹きだし、
「二先生って、おもしろいわね。じゃあ私は作業をつづけるから」
と、
イスをならべ始めた。
「あの、二先生」
「なんですか? 七五三先生」
「トイレにいきませんか?」
「いいですよ」
こうして、七五三担任と二社会科教諭は、トイレへとむかった。
「話ってなんだ?」
息を切らしながら、九十九は訊いた。
「う……うん。えーと……」
四十川は口ごもった。罵詈雑言をあびせるつもりなのだろうか、かなりためらっている。
「…………」
つばをのみこみ、九十九は次の言葉を待った。
「一尺八寸ちゃん、わかるでしょ」
「ああ、同じクラスの? 知ってるけど?」
「お願い! 一尺八寸ちゃんの恋を応援してあげてほしいのよ」
「うん、わかった。とりあえず、ファンタ飲むか?」
四十川の気迫におされたということもあるが、九十九は四十川に負い目を感じていたので快諾した。
「ありがとう。ちょうどのどが渇いてたとこなのよ」
プシュッとプルタブを起こす四十川。
次の瞬間――
ジュースがこぼれた。
両手にベトベトする甘い液体がまとわりつき、服もちょっと汚してしまった四十川は、おもわず、
「きゃっ」と、短くさけんだ。
が、
すぐに正気にもどると、
「な……なにすんのよ」
九十九をにらんだ。
「わりぃ、わりぃ。さっき走ってきたからだ。うっかりしてた」
「うっちゃりだわ」
「うっちゃりだか、ぽっちゃりだか知らねーけど、閑話休題して。具体的におれはなにをすればいいんだ?」
「うーん、そうね。九十九のことは適当適切適材適所で使いたいから……。まだいいわ。でも、そのときはよろしくね」
「おう、わかった。なにいってるか、わかんねーけど、わかった。そんじゃあタイムリーなときに呼んでくれよな」
「ありがとう」
こうして――九十九は、
わけもわからずに一尺八寸の恋の手伝いをすることになってしまうのだった。
日本で最初のお札(日本銀行券)の誕生直後に起きたトラブルは、ネズミに食い荒らされてしまったことです。
たしか(うろ覚えですが)、こんにゃくと同じ材料で作られていたからだったような、ちがったような。




