教師陣登場
さーて、これからは教師陣も物語に参入してきますよ~!!
どんな展開になるのか予測不可能です。
萬ヶ原事件から早くも3日が経とうとしていた。
今日はもう、金曜日。――あしたからは2日間の休みがある。
久しぶりにゆっくり羽を伸ばしたいところではあるが、しかし受験のことがあるし、事件のこともあるので、連合軍のメンバーはいろいろと忙しくなり休んでなどいられないはずだ。
そしてこの日も、朝からそれなりに大変であった。
まあもちろん、今後なり今先なり、萬ヶ原事件を解決する糸口になるであろうイベントなのだろうが……もしくは全く無関係なハプニングかもしれないが、それにしてもだ。
「めんどくさっ!」
九は体育座りをしながら、となりに座っている男子にささやいた。「なんで朝っぱらから、コーチョーの話があるんだよ。絶好調じゃねーか」
「しょうがねーだろ。うちの担任が報告し忘れただけで、じつは結構前から予定していたらしいぜ」
「まじかよ……。報告しないとか、うちの担任、まじでカスだな」
自分のことは棚に上げ、担任をそしる九。とはいえ、そしられる担任も担任である。――端的にいうと、その教師は悪いところしかなく、授業中は寝る。ホームルームはめんどくさいからということで自然消滅。職員室の黒板に本日の日程が書き出されてあるのだが、3歩あるけば内容は忘れる。定期テストのような重要なテストも丸付けがめんどうだからという理由で自己採点にしている。もちろんめんどうくさいから解説なんかいれないし、解答も教えない。めんどうだから自分で調べてくれと、あり得ないほどに自由放任主義者なのだ。この他にも例を挙げようと思えば、枚挙にいとまがない。
「でも――あんなゴミ溜めの頭領みてーな無能のクソカス野郎のせいで、飽くまでも悪魔でも『おかげで』とは言いがたいけど、奴のせいで、うちらの自立が促されてるのも事実じゃん?」
「まーな。ホームレスの親分みたいな仕事しかしてねーくせに学校に教師として存続しつづけられる理由はそこかもな」
「いや、それは単純に教師免許があるからだろ? そーいえば教員試験に5回落ちて留年しまくったっていう話を本人の口から聞いたことあるし、やっぱり若いころからダメ人間だったんだろうな。あいつ」
うんうんと、神妙にうなずき合っていると、
「おい! 言い返すのもめんどくせえっていうか、もはや図星だから反論できねーけどさ、人の悪口を言い合うなんて、なかなか良い趣味とはいえねーな」
ハッとして声のした方向をむくと、担任がぼんやりと立っているのがうかがえた。
「……男子たち、またなんか怒られてる。ほんと、うちらのクラスってバカばかりだよね~」
四十川翔子は、哀れむような、または見下しているような視線を、九たちに向けた。
「だよねー」廿は担任の五分刈りにした頭髪を見ながら、「あっ、そうだ!」と、なにか思い出したように手を打った。
「……――ね、ね、そういえば霹靂ちゃんは? 霹靂ちゃんはどこへ行ったの? 萬ヶ原ちゃん庇護同盟のうち、四十川ちゃん、小鳥遊ちゃん、廿ちゃんは勢ぞろいだけどさ、霹靂ちゃんいなくない? ――ね、ね、霹靂ちゃんって今日はお休みなのかなあ」
「あっ……そういえば霹靂ちゃんいないね。どこ行ったんだろう」
小鳥遊もどこか心配したような表情になる。「もしかして体育館に集合だってこと聞かされてなかったから、教室にいるんじゃ――」
「はい、黙りましょう」
四十川はガスタンクなのだろうか、それともそういう体質なのか。
またまた都合よく、タイムリーに、握り屁をかました。
「うわっ――くっさ。…………でもちょっと飽きてきたかも」
小鳥遊はそうとう臭かっただろうに、それでも平然と言ってのけた。
――いや正確にいうと、小鳥遊は臭くなどなかったのだ。鼻がつまっていたから。
しかしそうとは知らない四十川は、その言葉にかなりショックを受けたようで、
「な……なんだと。ワ……ワシの握り屁が効かない……だと? そ、そんなことが……」
「あはは、残念だったね。四十川ちゃん。でも面白かったよ! とっても斬新だった」
「うぅ……。畜生……」
と、萎縮してしまった。
「そんじゃ続きだけどさ。霹靂ちゃんのことはどーする? だれかがメールして教えてあげる?」
小鳥遊が言う。
「そうだね。私がメールするよ、霹靂とはマブ達だから」
「マブ達なんていまどき言わないよ。死語だー、死語ー!」
廿はなぜか嬉しそうに、(きっとツッコミができて嬉しかったのだろう)四十川に向かって言うのだった。
九たちの担任にして、校内で一番やる気のない教師。
濃密な知識量とは反比例して、生徒からの信頼度が希薄な教師。
生徒の進路相談なんかよりも、自分の人生相談をやってほしいわがままな教師。
どこを取り上げても、どこを選り分けても、まるで魅力とは皆無の教師――それが二先生である。
そんな風にわがまま勝手な人物であるから、霹靂が遅れてくるというのは冷や汗ものだった。――まあ遅刻ではなかったのだけれど。
もしも遅刻なんてされたら、あとで校長から呼び出しをくらっていたかもしれない。
――霹靂ではなくて、二先生自身が。
あの堅物教師――百千万億校長に。
百千万億……校長に。ひゃくせんまんおく――否。つもい、校長に…………。
それだけは本当にもう、忌憚なく忌避させていただきたい。
もしもそんなことになれば、否応なく、却下する。断固、拒否する。
「お前の話なんか聞いていられるか! カセットテープに録音しておけ、馬鹿!」と言いたい。もちろん言えないが。
「朝っぱらから全校朝会ですが、何をそんなに話すことがあるんですかね? 絶不調な校長は」
ステージわき。
先生が偉そうにたむろしているスペースに、二担任もまじっていた。
「ややっ……。これはこれは二先生ともあろうお方が、不用意に言質を取らせるようなことをおっしゃられて……。いけませんなあ」
仕事仲間であり、なにかと二担任の愚痴に付き合ってくれる同輩、五十先生は、声をひそめて、眉もひそめた。
「とはいうものの、我々しがないサラリーマンにとっては、文句のひとつやふたつ、それこそが生きがいのようなものですよ」
本当はちがうけどな。
家に帰ってさっさと寝たいぜ。
二先生は面従腹背と言えるほどに、自分の意志があるわけではないのだ。
「多少のお気持ちは忖度いたしますけれど、なるべく失言しないように気をつけてくださいね」
「ご忠告どうも。これからは気を配ることにするよ」
冗長で悠長で流暢で丁重な校長の話は、未来永劫・永劫回帰にわたって、延々と繰り返されるかと思われたが、ようやくのこと終焉をむかえた。
うつらうつらと、教師でありながら眠りにつこうとしていた二担任は五十先生に揺すられて起きた。
「はっ……。申し訳ございませんでした。盲腸先生。あなたのとてもくだらないだれにでも言える通り一遍の無駄話がつまらなすぎて寝てしまいました。今度から気をつけます」
「あのー、二先生? ぼくです。五十ですけど」
「ああ、五十先生でしたか。すみません、ついつい本音が……。って。……なるほど校長先生じゃありませんでしたね。ご迷惑をおかけしました……」
二担任はどうやら寝ぼけていたようである。
「もう、ぼくだから良かったようなものを。――もし校長が聞いていたらどうするつもりだったんです?」
「そのような考察は無用。絞殺するのみですから」
「…………」
いやいや絞殺って……。しかもいまのダジャレ、超つまんねー。
五十先生の沈黙にはそんな気持ちが込められていた。
「さーて、生徒全員見送ったあとは、かるーくミーティングやって、解散になるのかな」
二担任は立ち上がり、欠伸をしつつ、腰をひねったりしている。
「そうですね。校長からなんも連絡なければ終わりですし、なんかあったら聞けばいいじゃないですか」
ヒザの曲げ伸ばしをしながら、五十先生は言った。
果たして、生徒がみな教室に戻ったところでミーティングが始まった。
「はてさて何を話せば良いものやら……。いつもいつもこういう場面に立たされ黙りこんでしまうのが、私の悪い癖だな」
百千万億校長は、されど威厳は保ったまま困った顔をして見せた。
「生徒指導の八月一日先生。なにかありますか」
年の数だけしわを刻んだような、百千万億校長に名指しされたのは生徒指導の八月一日だった。
いまは冬の時期だというのに、肌が赤い。夏の――日焼けのせいだろうか。
筋骨隆々といった感じの「腕」、「腹」は校内のやんちゃな男子連中も一目置いている(筋肉がありすぎて、逆に気持ちわるがられることもある)存在だ。
「はい、3年生はこれから受験で忙しくなります。なるべくストレスをためさせないように工夫しながらも、事件を起こさせないような環境作りが必要だと思います。そのため3年生の担任をしている者で、受け持ちのクラス内で事件が起きるようなことがあれば、信賞必罰、その担任には罰を与えましょう。もちろんかわりにうまくしのぎきってくだされば褒美をやると、こういう教育方針にすればいいんじゃないでしょうか?」
「なるほど。今のように切羽詰まった状態で事件が起きるのだけはたしかに避けたい。八月一日先生の言い分には一理あるし一利ある」
校長は首を振って、肯定していた。
「ほかに何か意見のある先生方はいませんか?」
「は~い」
手を挙げたのは、やる気がない九の担任だった。
「二先生。何かありますか?」
「八月一日先生に質問なんですけど、アメとムチの内容を教えてください」
できればめんどうくさい条件が課されませんようにと、心の中で祈る二担任。
「減給または増給でどうでしょうか?」
サラッと答えたあとに、
「ああそういえば二先生も3年生クラスの受け持ちでしたね。これは給料アップのチャンスですよ。良かったですね」
と、笑顔を見せる八月一日生徒指導部顧問。
「それはどうも」
二担任は良しとも悪しとも言わなかった。
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