七五三の嫉妬
サブタイトル6文字はやっぱりキツイ……。
前回に引き続き、『けものみち』の話をします。
民子のセリフ(タクシー運転手に対して)
P.279「~まっすぐに進んでちょうだい。~」
これだけです。
運転手が相手なのに『ちょうだい』が平仮名表記じゃんということだけです。
これで一二英語教諭を論破しました。
『砂の器』では負けたから、1勝1敗です。
翌朝――木曜日。
「ふと、気になったんですが、禁固刑と懲役刑って、なにがちがうんでしょうか」
職員室。
七五三担任は、懊悩していた。
いや、べつに悩むほど難しい問題に直面していたわけではない。
ただ明らかに、
一二英語教諭が朗らかなのだ。
だがそれも悩みには関係がない。
むしろうれしいくらいだ。
ではいったいどのような、あまたの奇問や疑問が、七五三担任の頭をこうも苦しめているのか。
「請願作業の有無ですわ。請願作業というのは自分から作業がやりたいと頼んで、仕事をさせてもらうみたいな意味なのだけれど、この場合、禁錮刑に処された囚人には労働の義務がないのよ。だからほんとうは働かなくていいのだけれど、自分からすすんで、率先して仕事をするってわけね。ちなみに懲役刑は強制労働よ」
と。
笑顔で答える一二英語教諭。
質問者は七五三担任ではなく、二社会科教諭だった。
そう。
七五三担任は嫉妬をしていたのだ。
一二英語教諭と親しく会話ができる、二社会科教諭に。
嫉妬。
ホムンクルス組でたとえれば、
妖怪変化の七変化、幽霊の正体見たり枯れ尾花、エンヴィーさんだ。
「いやでも、労働の義務がないのに仕事をするって……。そんなことありますかね?」
「ええ、独房にひとりでいてもつまらないじゃない? 小人が閑居していてもたかが知れてるし。だから自らすすんで自ずと作業をやりだすっていう仕組みなのよ」
「後学のために教えてくださってありガトーショコラでございます」
二社会科教諭はフィーリングで、ボケてみたが――無反応だった。
構わずに続ける。
「私はいつもいつもうだつがあがらなくて困っているので、一二先生みたいなキャリアウーマンは羨望の的なわけですが、まったく……一二先生の前では、うだつがあがらないどころか、頭が下がります。麻の中の蓬で、一二先生に親炙して出世できるようにがんばりたいです」
「またまたそんな大仰な……」
手を振って否定しているものの、
一二英語教諭はまんざらでもなさそうだった。
「くっそー、楽しそうにしやがってー」
七五三担任が抱く瞋恚のほむらは、烈火のごとく燃え上がっていた。
――教室。
「あのさー、月見里くん。べつにお願いをしているわけじゃないんだけどさ。私、お昼ごはん忘れてきちゃったんだよね。だからさ、もしもきのうみたいに食べ物があまるようなことになったらさ、ちょっとでいいからわけてくれないかな?」
四十川はさりげなく、
造作なく、
無造作に、
それとなくそれとない言葉を――
というよりは、
もはや確信をついたであろう、正鵠を射たであろう言葉を――
ひとりごとのように、
ひとりごちるように、
ひとにごねるように、
ひとにおごるように、
ひととおり匂わせた。
「そうなんですか?それは大変です。できればお力添えをしてあげたいところです。ではもしもお金にゆとりがあったら、あなたのぶんのクレープも買ってきてあげます……」
「文句つけるみたいで胸が痛むけど、できればクレープじゃなくってさ、できればでいいんだけど、カツ丼をテイクアウトしてきてよ」
「承知しました」
「お願いね。なんだかんだいっても、昼休みはどうせ暇でしょう?」
「…………えーっと。ひ……ひま……植物のヒマでしょうか」
「えっ……?だから月見里くんって、暇な暇人でしょ?」
「………………」
月見里は、
無言ですっと立ちあがり、
四十川に向かいあうと、いきなり。
「だーれが、肥満な肥満児じゃー!」
握っていた教科書で彼女の頭を叩いた。
かるーく、羽毛のようにかるーく、命は鴻毛よりもかるいが、
それよりもかるーく、かったるく、叩いた――もしくは触れた。
ポコッと。チョンッと。ちょっとだけ。
それに対し四十川は、
『ああ、なるほど。そういうキャラ作りも、意外にアリかも……』と思った。
――授業と授業のあいまにはさまれる10分休憩の時間。
月見里はトイレに行っていて、
四十川は、月見里の数少ない友人、九十九折と密談をしていた。
九十九折。
四十川翔子の傀儡であり、月見里堤にとっては友人である。
四十川は、
そんな彼――九十九折と密談をしていた。
会話はほぼいっぽうてきに、いっぽん槍に四十川がリードしていた。
「ねえ、折はどう思う。――月見里くんのこと」
「好きなんじゃねーのか、お前のことが……。きのうはクレープを買ってきてくれたわけだし、きょうはカツ丼を買う約束までしてくれたんだろ? 興味がなかったら、いやあっても、ふつうはやらないぜ……。まあさしずめ勉強合宿のときにでも告るって算段だろうから、お前も身のふりかたや腰のふりかたを考えておいたほうがいいぜ」
「訊いといて……」
四十川は九十九折に命令をくだした。「月見里くんに、わたしのことが好きかどうか、訊いといて……」
どうも、七五三国語教諭です。
私のモデルとなった人は現代文、古典、漢文の国語教師だそうです。
まんまかよ、みたいな感じなんですけど……
ちなみに、
その人は小説よりもマンガが好きなんですって。
えっ――? 私とかなり酷似しているじゃないですか。




