雑然雑駁雑学
卑下するわけではありませんが、この回は読んでも読まなくてもいいです。
――帰りのHRが始まるまでの時間。
月見里堤は、四十川翔子と談笑をしていた。
それはとりとめのない無駄話であったが、とても仲よさげではあった。
「ねえねえ、これ知ってる?」
調子が出てきたのか、四十川はこんなことを訊いてみた。
「タイの首都はバンコクだけど、これって外国人による呼称なんだよ。日本がジャパンと呼ばれるみたいにね」
「いやー、それは知らなかったです」
月見里は真顔で答える。
「正式名称、聞きたい? じつは暗記してきたんだー」
「えー、すごいです。拝聴させてもらいます」
四十川は一拍おいてから、
「タイの首都の正式名称は、クルンテープ・プラマハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロックポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシットだよ。……どっかでまちがってたら、ごめんね」
「ながいですねー。水平リーベぼくの船七曲りシップスクラークか、みたいですね」
「元素の周期表だね。もう覚えたんだー。すごいすごい」
「ほかにも、寿限無寿限無五劫の擦切海砂利水魚の水行末雲来末風来末食寝処に住処藪裏柑子のぶら柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助。これなんかも覚えましたよ」
漢字だとわかりづらいが、
これは畢竟するに、『じゅげむ』である。
「それは逆に、ふつうじゃない?」
四十川は手厳しく批判した。
「そんなに言うなら、これはどうですか?」
月見里はムッとなって言い返した。
「東京、有楽町、新橋、浜松町、田町、品川、大崎、五反田、目黒、恵比寿、渋谷、原宿、代々木、新宿、新大久保、高田馬場、目白、池袋、大塚、巣鴨、駒込、田端、西日暮里、日暮里、鶯谷、上野、御徒町、秋葉原、神田」
「くっ……山手線? やるわね。じゃあこれはどう? 徳川将軍――につかえていた大老および老中の名前」
「ぐっ……なんてマニアックなテクニックなんですか。どうぞ――」
「徳川吉宗(享保の改革)、松平定信(寛政の改革)、水野忠邦(天保の改革)……」
ここまでいったところで、
「しまったー!」
と、四十川は叫んだ。
「やったー!」
と、月見里は快哉を叫んだ。
それもそのはず――
まずは無難に江戸の三大改革の主要人物を挙げた四十川だったが、そこには徳川将軍の名前が入っていたのだ。
『暴れん坊将軍』にして『米将軍』。
徳川吉宗の名前が――
こうして舌戦は、月見里に軍配が上がった。
四十川はため息をつきながら、
「月見里くんが太陽の下で咲くひまわりなら、私はしょせん、野に咲く月見草よ」
四十川の悲哀に満ちた表情を読み取り、
「そんな……。字面的には月見里のほうが、月見草に近いですよ?」
月見里は笑いながらいったが、
「いいえ、私の人生を支えてきたのは劣等感よ。劣等感イコール月見草精神。これがいまも私を支えてくれているような気がするわ」
四十川は続けて、
「主役の似合う人間と似合わない人間がいて、月見里くんとの会話を進めるにつれて、私はどうも主役の似合わない人間であるという実感があるのよ」
「はたしてそうでしょうか? プロのたたかいというのは、やはり限界を知ってからが、ほんとうのプロのたたかいなのではないでしょうか?」
舌戦後の、このトーク。
ちょっと噛み合っていないような気もするが――
こちらも月見里が勝利をおさめた。
月見里は野球(主に野村克也さんに関する)の知識も持っていて、
じつはその人の名言を抜粋していたのだ。
むろん、四十川も同様である。
「ちなみに千葉茂さんって、知っていますか?」
主役の似合う男子――月見里は、
主役の似合わない女子――四十川に質問した。
「えーと、だれだっけー?」
と。
こんな雑談で、1話がまるまるつぶれてしまうのかと危ぶまれたところに、
ようやく――
七五三担任がやってきた。
「よーし、じゃあHRを始める前に、千葉茂の話をしまーす」
七五三担任は黒板に『千葉茂』と書いた。
「なんでだー」
「ふざけるなー」
「消え失せろー」
生徒からはこのような罵声が飛んだが、
「無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄
無駄ァ――――ッ」
七五三担任は一蹴した。
生徒も負けじと、
「オラオラオラオラ
オラオラオラオラ
オラオラオラオラ
オラァ――――ッ」
と言い返した。
こうして1話がまるごと、無意味につぶされてしまったのである。
次回または、次の次あたりに、もうひとり新キャラを出そうと考えています。
九十九折くんです。よろしくお願いします。




