連合軍集結
一生懸命書きました。
前回に引き続き、読んでいただけると嬉しいです!!
翌日。
多くの男子生徒(九から聞きこみを受けた人)は、『萬ヶ原事件』を失念してしまっていた。
といっても別に、SFチックな理由でそうなったわけではもちろんなく、たんに『興味が薄れたから』とか、『たいして大ごとにならなかったから』とか。
まあそのような理屈であった。
だからこれといって特筆すべきではないのかもしれないけれど、とりあえずクラスから出た反応は、これくらい冷淡なもので、薄情なものだった。
しかしながら、それは向こう岸にいる部外者のみが思うことである。当事者の、ましてや被害者である萬ヶ原瑞穂はお気楽な心境ではいられなかったはずだ。
「ねえ、九。今日はお昼一緒に食べない?」
恐怖による不可抗力のせいで、萬ヶ原はそう尋ねた。いつもであれば、誘われても突っぱねていたのだろうが、今回ばかりは状況がすこし違う。仕方がなかった。
「ああ、うんいいけど。また変なメール来るんじゃねーのか?」
何気なくいった、九の一言で、
「…………」と、萬ヶ原は黙ってしまった。
「あっ、いやっ。そういうのじゃなくて……」気まずい空気を払拭しようと、九はとにかく話を続けた。「あの――そうだ。メールにさ、フィルター制限かければいいんじゃねえのか? 登録してないアドレスからは受信拒否で」
「それじゃあ、友達がアド変しても気づけないでしょ」
ごもっともでと、九はうなずいた。
「ただでさえ友達が少ないのになおさら減っちゃうよ」
萬ヶ原の表情は、どことなく暗かった。
しかし九は気づくことなく、
「まあな、友達は大切にしないとな」などと言っている。
彼女は暗に、「私には頼れる仲間がいないから、九がいてくれて心強いよ」と。
それでもしっかりと示唆したつもりであったのだが、いくらなんでも言葉が少なすぎた。
霹靂は登校してきても、普段と比べて、とくに変わったことをしてはいなかった。
さすがにきのうの今日なので、『萬ヶ原ちゃん庇護同盟』の一員として暗躍すべきなのかもしれないけれど、だからといって何をやればいいのかもよくわからないので、すでに間近に迫っているセンター試験の勉強に取りかかっていた。
書店で購入した問題集を全力で解いていると、
「あのさー、霹靂」
四十川が机を揺らして、勉強をさまたげてきた。
「ん? ――なに?」
「…………」四十川は微笑を浮かべながら、「なに? ってハムスターみたいな目で見つめられながら言われると、かわいすぎて悶絶しちゃうわ!」
と、意味のわからないことを言った。
意味はとくになにもないのだろうが。
「かわいいから許すけどさ、霹靂。せっかく昨日『萬ヶ原ちゃん庇護同盟』を立ち上げたんだから、それなりの働きをしてよ」
四十川が少しむくれていると、
「構成員って何人いるの?」
と、ハスキーな低い声がした。霹靂の声だ。
「えっ……?」
声が小さくて聞き取れなかったのだろう。四十川は耳に手を当てて訊き返した。
「庇護同盟の、構成員って、何人、いるの?」
単語のひとつひとつを丁寧に発声するため、言葉を区切って話したのだが、
「私はべつに、おばあちゃんじゃないから。御祖母さんじゃないから。早くても大丈夫ですから」
と、断りをいれられた。
「御祖母じゃなかったら、そぼろ御飯?」
小鳥遊がやって来て、あいさつ代わりにボケると、「あんたは黙ってて」と。
四十川はヒップアタックをかました。
まさに青天の霹靂だった小鳥遊は、机の列に吹っ飛ばされた。体重が軽かったため勢いがつき、いくつかの机が将棋倒し式に倒れていった。
「で、構成員だっけ?」
四十川は霹靂に向き直った。「いまのところ、私、霹靂、小鳥遊の3人だけなん……だけど、もちろん人員は増やしていくつもりだから安心してね」
四十川のほほえみに、霹靂もあいそ笑いで応じた。
とくになにも変わったことは起こらず、いつも通りの昼休みをむかえた。
九が約束通り、萬ヶ原と昼食をとっていると、
「ちょっとまて。いきなりなんだ? お前ら」
眉毛が太い、無造作ヘアの、十が、牛腸と月見里に連行されてやってきた。
「お前はいつも成績トップだろ。たまにはその頭脳を実生活でも役立てたらどうだ?」
牛腸はそう言いながら、十を、九と萬ヶ原の前に立たせた。
「まあお前が犯人だっていうなら、それはできねー相談なのかもしれないが……」
「だから待て! なんの話をしている? 犯人だって? なにを物騒なことを」
十は反論をこころみる。「チミン、ウラシル、アデニンの、アデニンと間違えましたとかじゃなくて? 率直な意味で犯人ってこと?」
「ほら聞いたか九。コイツの意味不な弁明。――DNAとRNAに関するインテリ発言でお茶を濁そうとしてるぜ」
なんなんだ、いきなり。
九は気分を害し、苛立ちをおぼえたが、それでも冷静に、
「わかった。――わかったからいったん落ち着け」と牛腸をなだめた。
食事をやめて、弁当箱のふたを閉めて立ちあがり、「牛腸……熱でもあんのか?」
「あっ? ――なんだと」
「言動が突飛なのはいつものことだけどさ。なーんか証拠もなく犯人決めつけたりして……。いつもの論理的なお前じゃないなって思ったからさ」
「論理的って……そんな……。まあ筋道立ててものごとを考える癖があるっていうか」
「それだっていうのに、今回ときたら理路整然どころが支離滅裂じゃねーか。いったいどうしたんだ?」
「それは……」
牛腸はようやく話し始めた。「それは恣意的というか、私怨でしかないんだけど」
十をみて、「コイツはオレより頭いいじゃん。だから何とかやりこめたくって……」
「だから萬ヶ原を利用して事件を大きくしたっていうわけか」
「それはちがう。けど半分正解」
「どういうことだ?」
それはつまりこういうことだった。
適当に因縁ふっかけて、十を犯人扱いしようとはしたものの、牛腸はこの事件には無関係だし、主犯格がだれかもわからないと。
「ふーん。まあ要するにふりだしってわけか」
「いやそうでもないぜ」
牛腸は十に向かって、「なっ、事情はあとで話すから捜査に協力してくれねーか? 孫の手も借りたいんだよ」
「まあ確かにな。背中かゆいときとかはな、孫の手ほしいよな。――っておい! それは猫の手だろ!」
「つまんね」
と、牛腸は一蹴した。
「こんにちは、霹靂ちゃん。萬ヶ原ちゃんの話、聞いたよ! 内々に捜査してるんだってね? ね、ね、私もさ、萬ヶ原ちゃん庇護同盟に加入しちゃったからさ。これからよろしくね? ね?」
髪の毛を後ろで一本に結わえた、いわゆるポニーテールの廿佳代が、元気いっぱいという風に話しかけてきた。
霹靂は図書室で絵本(英字版)を読んでいるところだった。
「あのさ、廿ちゃん。ここ図書室だからさ、静かにしよう」
図書委員の人もカウンター越しから凄みをきかせて、廿をにらんでいる。
「うん、わかった。――それにしても冬だっていうのにうすら寒いね、ここ。嫌がらせ?」
「寒いよね。でもここ利用者数少ないからさ、節電ってことで、温度が低めに設定されているんだ」
霹靂はだからこそセーター着用、ひざかけ持参で来ていたのだ。
「へー。そういえば霹靂ちゃんってさ、なんでよく図書室にいるの? 本が好きだから……じゃないよね。私といっしょで文学関連パッパラパーだし」
「パッパラパーって。死語じゃないのかな。あんまり聞かないし」
「でもうちの親はよく使うよ」
それは年代が高度経済成長期の人なら使うだろう。「霹靂ちゃんは使わない?」
「そうだね。使う機会がないかな」
しばらく沈黙がおとずれ、
「それじゃあ、あしたから行動をともにする廿ちゃんのことをよろしくねー。By 廿ちゃーん」
と、言い残し。
廿は去っていった。
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