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月見里の策謀

更新が遅いわりには、中身が薄い。――そんなふうに思われないか心配です。

 昼休みの到来と4時間目が終了したことを告げるチャイムが、長々と鷹揚おうように鳴り響いた。

「はあ……」

 授業担当の七五三しめ先生は、いつものことながらすこし呆れていた。

 HR(ホームルーム)委員や、成績優良生、地頭と点数は悪いけど優等生なみに熱心な劣等生以外――

 全員が、就寝していたのだ。

「起きろー! めしだぞー! 食堂行くやつはとくに急いだほうがいいぞー!」

 この言葉を受けて――

 国語教諭でありながらマンガが大好きで、担任でありながら指導力に欠ける、七五三先生の言葉を聞いて――

 眠っていた生徒の全員が、跳ね起きた。

「もう昼か……」

 劣等生のなかの劣等生。劣等のなかでもだんとつで劣等とうわさされている月見里堤も、惰眠だみんをむさぼっているうちのひとりだった。

「きりーつ! きをつけー! れいっ!」

 HR委員の事務的な号令にあわせて、画一的に一連の動作を行う月見里。

 いささか懶惰(らんだ)で乱雑な身のこなし、ではあった。

 が、

 そんなことはどうでもいい。

 それはそれ、である。

 月見里は礼が終わると素早く身体を反転させ、軽快に学生食堂へと直行したのだ。

 肥満体の彼にはおよそ似つかわしくない機敏な動きだった。

 階段や廊下にいる通行人をうまく避けて、学生食堂のカウンターに蝟集(いしゅう)している集団に混じった。

 そして、

「クレープ10個! 早くして!」

 月見里はだれかの肩ごしから、クレープを注文した。

 もちろんだれかの肩ごしで、お金も払った。

「なんだよお前、順番くらい守れよ」

 という目つきで、肩ごしのだれかである上級生の男子生徒はにらんだが、

「わざわざさきを譲ってくださり、ありがとうございました」

 と、月見里に機先を制されてしまった。

「ありがとうございまーす!」

 クレープ10個(ビニール袋に入れてもらった)を受け取った月見里は、やはり急いで教室へと向かった。

 しかし――

 好事魔多しとはよくいったもので、小人閑居して不善をなしていた連中が――

 障害物であり遮蔽物であり邪魔物である、たかだか上級生の分際が――

 階段のところで因縁をつけてきた。

「おい、1年! お前がそんなに買いこむからおれらのがなくなっちまったんだけど、どーしてくれん?」

 茶色に染めた蓬髪ほうはつや唇にピアスをしているのが特徴の、チャラい系の男子だった。しかも3人いる。

 学ランというか短ラン着用で、Yシャツのボタンがはずれている。みんなこのような出で立ちだった。

「それはどーも失礼しました」

 月見里は案外、あっさりと詫びて、「クレープを1個どうぞ」

 袋から取り出して、彼らに渡した――

 と。

 まあこのような惨事はあったものの……無事に戻ってこれた。

 急いで購入してきたおかげで、ランチタイムにも間に合った。

 月見里はいちおうクラスの雰囲気に調和するかたちで――

 あるいはその雰囲気を利用するかたちで――

 眉毛の太いつなしや、わりと口やかましい牛腸ごちょう翔太、それからあまり主要ではないキャラといっしょに食事をした。

 一同が弁当を食べ終わりそうなころ、月見里は買いだめしたクレープを、十や牛腸たちにもわけてあげた。

 喜んで食べてもらえたので、とても嬉しかった。

 が――

 これはあくまでも、伏線であり、彼らにおすそ分けをしたいから、まとめ買いをしたのではなかった。

 そうじゃなくて。

 月見里が想いを寄せている人物――四十川翔子に近づくための、

 いわゆる布石だったのだ。

 月見里は配分を終えると、

「まだあまってるから、クラスの人にもあげてくるよ」

 もっともらしい自然な口実をつけて、四十川に接近していった。

「あの……クレープあまってるんですけど、いりますか?」

 月見里は、四十川翔子には話しかけなかった。

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ――である。

 というわけで、四十川。

 の友人の小鳥遊たかなしに接触をこころみたのだった。

「クレープ?」

 小鳥遊は、いっしゅん不思議そうな顔をしたが、「くれるの? ――タダで?」

「思わず買いすぎちゃったんです……。でもこの量は、ひとりじゃ持てあますし捨てるのは勿体もったいないし、どうしようか、困ってたんですよ」

「ちょっと天然なんだね。いいよ、もらってあげる」

 月見里は無害だと、本能的に感づいたのだろう。――小鳥遊はいっさいの猜疑心さいぎしんを抱くこともなしにそれを受け取った。

 月見里の計画通りである。

 あとは――

「クレープいりますか?」

 四十川の座っている机の前にきた。四十川が振り向く。

「あれ、月見里くん。――どうしたの?」

「ついつい衝動買いをしちゃって……」

 頭をかく仕草をみせながらも――月見里は緊張していた。

 べつに汗をかくなどといった生理反応は起きなかったが。

「クレープ、安売りしてたの?」

「いえ……。ちょうどバイトの給料が入ったので、気が大きくなったんです」

「ふーん」

 さすがに怪しんだようではあったが、ここは小鳥遊がフォローしてくれた。

「すっごくおいしいよ。四十川ちゃんももらえば?」

「じゃあ、1個もらっていい?」

「どうぞどうぞ」

 月見里は慫慂しょうようして、「ほかの人たちもどうぞ」

 四十川のお友だちにもクレープをプレゼントしてあげた。


 もちろんこのときは、まだだれもなにも知らないわけだが、

 今回、月見里が行った好意的な行為は――。クレープの譲渡は――。

 けっきょく実を結ぶことなどない。どころか完璧に裏目に出て、裏面が出る。

 それはまさしく、

 努力が水泡に帰したというべき……。

 で、

 恋心は灰燼かいじんに帰したというべき……。

 だろう。

 これから待ち受けている待ち受け画面は、そんな光景なのだった。

クレープをただ配るだけ……という。

つまらないお話でした。


――これからどう盛り上げるか、終日ひねもす苦慮しています。

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