愈々終盤へ
本当は、1~3話程度で終わらせる予定でしたが、予想以上に長く続けてしまいました。
よって、序盤に思いついていた小ネタ――要するにトリックとかいうやつも忘却してしまって……申し訳ないです。
萬ヶ原事件編(笑)は次回でラスト、の予定です。
七五三国語教諭は、漫画研究会で指導をおこなってはいなかったし、おこたってもいなかった。
漫画研究会に出席していると思ったのは、あくまでも二担任の主観であり真実ではなかったようだ。
「それでは再テストを配布します。よく読めばわかる問題ばかりなので、急がず焦らず急かさず焦らさず、丁寧に解いてください」
七五三国語教諭は、再テストのために時間を割いていたのだ。
生徒が教科書類を引き出しに入れるのを見届けてから、プリントを渡していく。
じっさいは、もっとたくさん不合格者がいるはずだが、教室には3分の1以下の人数しか集まらなかった。
掛け時計をみて、秒針が12の位置に来たところで、「はじめ!」と合図をして、ストップウォッチを押した。
風が止んで外が静かになった分、廊下での話し声が耳ざわりに響いていた。
――待っているあいだ。
七五三国語教諭は、カンニングなどの不正がないかどうか巡回してチェックしたり、学級文庫に仕入れてある文庫本や、マンガ本(よく他教師から非難されるが、肩書きは漫画研究会の顧問なのだ。マンガを学級文庫にして何が悪い!)を読んで時間をつぶした。
カツッ……。カッカッカッ。
シャーペンかボールペンで机をたたく音。
それが教室中を支配した。
「そろそろ時間かな……」
沈黙していても、何らかのアクションを起こして、先生にタイムリミットを伝えるというのが、生徒の暗黙の了解である。
ペンで机をたたくという動作はその典型、テンプレみたいなものだった。
「すみません。……5分も遅れてしまいました。さっさと回収してせっせと丸付けしてさっそうと明日には返却する予定ですのでね、後ろから前に送ってください」
あまりの自分の悠長さに、多少は自重した。
――今度からは気をつけよう。
って、あれ?
……なにを気をつけるんだっけ? 忘れた。まあいいか。
マンガ描きたいなー。
「それでは集め終わったので、名前を確認しまーす」
………………。
「おいおいおいおいおい。白紙解答多くないかい?」
テストを回収し、仰天してしまった。
――なにも書かれていない、問題文だけのまっさらな紙だったり。
――知るか、ボケ! という逆ギレをつづった紙だったり。
――アーティスティックな創作意欲満点の絵師による絵画。絵馬。戯画だったり。
「どの答案用紙をみてもものすごく個性的です。しかしこれはあまりに不羈奔放すぎはしませんか?」
説教のひとつでも垂れてやろう、と。
口を開けば、生徒はもういなくなっていた。
「…………はぁ……。……」
怒る甲斐もない。――まあそんな、怒ることに快感を感じるようなサディスティックな性格ではないけれど。すこしだけがっかりした。がっくりきた。
仕方なくやるせなくやる気もなく、ただなんとなく窓の外を眺望してみる。
日の落ちかかったオレンジ色の光が、逃げるように翳ってきた。
いちおうこの高校は都会に位置しており、高層マンションが枚挙にいとまなく軒をつらねていて、七五三国語教諭の目からはとても暑苦しそうに映った。
ただそんな暑苦しさとは反比例するように、上空に雲はなく青々と、しかれども暗々としていた。こじつけていうなれば青天白日である。さらに牽強付会の説を述べさせていただけるならば、二担任が言っていた萬ヶ原事件も、じつは気のせいとかで、こちらも青天白日の事件だったのではあるまいか。
そう――思った。
学校の先生という職業は見た目以上にハードで(二担任は予想以上にイージーなのだろうが)部活動の顧問をやっているからと言っても、業務が軽減されるわけではない。むしろ日ごとに増加し、月ごとに倍加している。
たしかにそのぶん、お給料のほうも弾みはするが……それでも。
――遠征、練習試合、大会、祝賀会、忘年会等による宿泊費、交通費、食費は、とてもじゃないがバカにならない。
なかには「部費が高いです。先生のふところに入るお金だったら、もう少し安くできないでしょうか?」と言ってくる部員もいるが、調達した部費は、年末に生徒会が予算を割り当てて必要な備品を補充してくれることになっている。決して教師のふところに入っているわけではない。
そんなうまい話はないのである。
「あれれ?」
文芸同好会での添削作業を終え、職員室に戻って来た一二英語教諭。
英語同好会は、外来英語教師が顧問をやっていて、一二英語教諭は副顧問をやっている。顧問の先生が指揮監督を務めているので一二英語教諭はわざわざこれから出向かなくても差し支えがなかった。
「二先生がいない。帰っちゃったのかな……。彼には諭旨免職……つまり自主退職をも辞さない構えを表明していただこうと思っていたのに、まことに残念ですわ」
一二英語教諭は。
二担任に『辞表』を書いてもらおうと、職員室にやって来たのであった。
「二先生は帰宅しちゃったかあ。あの人はいつも仕事が早いからねえ。巧遅拙速だものねえ」
きちんと整理整頓された二担任のデスクを一瞥し。
一二英語教諭は皮肉っぽく笑った。
「さーてそれじゃあ、公務員ではない二先生が解雇されないよう、最後にあなたの走るレールをしっかり舗装してあげるわね」
一二英語教諭はすっと立ち上がり、図書室へと消えてしまった。
牛腸から『萬ヶ原ちゃん庇護同盟』という組織があるよという話と、そのグループの主な活動拠点は図書室なんだよという話を聞いていたからだった。
これから彼女は、飛躍的に躍進し活躍することとなる。
サブタイトルは、「いよいよ終盤へ」と読みます。
なぜか5文字にしたかったため、漢字をもちいました。




