放課後退屈
なかなか前に進みませんでした。
事件解決してそれで終了じゃないから、もっとプロットを練って速やかに終わらせるべきでした。
――雲の流れが変わった。
さっきまでは吹っ飛ばされるみたいにして流されていた暗雲だが、今はもうすっかり安定していて自分の足で歩いているようだった。
ゆえに風は止み、木々のざわめきや乱暴に窓を叩く音もなくなった。
そんな空を眺めながら霹靂はふっと思う。
『四十川ちゃん、小鳥遊ちゃん、廿ちゃんは元気かな。学校には来てるかな』
パジャマ姿のまま、ベッドの上で参考書を読みながらではあるが。
それはともかく。
兎に角で兎に角と読むが、うさぎにツノなんてない。それもともかく。
「いやいや、アルミラージはうさぎだけどツノ生えてるよ」
霹靂はそんなふうにひとりごとを言いながら、ケータイをチェックする。
1通。――四十川からメールが届いていた。
現時刻では授業中のはずだが、手際よくすませたのであろう。
『こっちは平気の平左。霹靂ちゃんも風の影響で風邪ひかないように気をつけてね』
自宅にこもってダラダラしていただけなのだから、べつに心配される必要はないけれど。
寒さとかで風邪ひかないように気をつけようっと、霹靂は思った。
石油ストーブの給油ランプが点滅していた。
もうじきに、このなぞは氷解すると、告げられているようだった。
退屈な放課後。
七五三国語教諭は、漫画研究会に顔を出していて。
一二英語教諭は、文芸同好会または英語愛好会に出席している。
つまり、二担任にはとくに話し相手がいなかったのだ。
「五十同輩は野球部の顧問でいないし。どーでもいいけど生徒指導部の八月一日先生は登山部とサッカー部のかけもちをしているらしい。そしてオレは帰宅部の顧問――活動内容は何もしないことだから、PCに内蔵してある将棋なんかをプレイしているところだ」
よっぽど暇だったのか、現状況を自分に言って聞かせる二担任。
いちど薬物検査を受けたほうが良いかもしれない。
「あ、気にしないで。いま言ったことはフラグでもなんでもなくて、ただのひとりごとだから」
コピー機の前で目を丸くしている、女教師に向かって二担任は言った。
これは重症だ。早く病院へ行かせなくては。
「お疲れのようですからコーヒー差し上げましょうか? さいきん校長先生がコーヒーサイフォンを買って来てくださったんですよ」
と。
窓際の列を指さす女性。
そのデスク上には、たしかにサイフォンが置いてあった。――ひょうたんみたいな形で、結構ひょうきんに見えたりする。
「遠慮しておくよ。オレはどちらかというと、缶コーヒー派なんだ」
うそぶいて、二担任は職員室を出た。
当然のごとく、廊下には暖房が設置されていないので肌寒かった。
「やることないし、ちょっとコンビニとかスーパーとかにでも行ってこようかな」
階段を下りて、1階の正面玄関から出ようと試みたが、
「あれー、どこへ行くのかな。二ちゃん!」
いつも通りの軽い口調で話しかけ、廿はセーター姿で登場した。
「2ちゃんねるみたいだろ。漢字にすると」
二担任のツッコミを受け、「えっと……」
アゴに手を当てて、考え込んでしまう廿。
「しらない」
あっけらかんとした表情で開き直った。
「だったらいいんだけど」
二担任は、このまま会話を途切れさせてしまうのもアレだと思い、
「今日の授業中は静かだったな。いつもこうであれば喜ばしいんだけどな」
「それを言うなら二ちゃんだってそうだよ。こっちはツイッター更新したり、雑誌読んだりしてたのに何も注意しなかったじゃん。いつもそうであって欲しいものだよ」
「他人に迷惑さえかけなければ、めんどくさいからオレは何も言わないことにしている」
「ふーん。立派な流儀だね。カッコいいね」
廿はくるりと背を向け、束ねた後ろ髪を見せると、「じゃあ私は、図書室で仲むつまじく友だちと談笑しているから、暇んなったら遊びに来てね。待ってるよー」
走って図書室へと消えていった。
「さてと……」
二担任は図書室へは行かなかった。初志貫徹で初心を忘れず、コンビニで熱々のおでんを購入したのだ。
「今日は早めに帰ろうかな」
木山裕策のhomeを口ずさみながら、二担任は帰宅してしまった。
一二英語教諭が水面下で躍動的に暗躍しているとも知らずに。
二担任がhomeを口にしている頃、一二英語教諭はいきものがかりの帰りたくなったよを歌っていた。
念のためだが、選曲に深い意味があるわけでも、伏線がかくされているわけでもない。
ただなんとなく、彼または彼女がその曲を歌っていたというだけである。
英語愛好会の部室を出て、文芸同好会の部室へ、一二英語教諭は急いで向かっていた。
「ALT」もしくは「ELT」、どちらの名称だったか忘れてしまったが、外来英語教師が遅刻してしまったせいで、彼女は思わぬ足止めをくらってしまった。
本日は英文法の暗唱テストをする日だった。
しかも希望した3年生に限りヨーロッパへホームステイさせることにもなっていたので、より入念なチェックが必要となる。
とはいっても、実習に行く生徒はすでに大学が決まった人ばかりで、優秀といえばその通りの人材だったから、たいした手間でもないのだが。
それでも、忙しいのはなにも英語愛好会だけではなかった。
文芸同好会のほうでは、『小説』、『詩』、『短歌』、『俳句』、『川柳』、『随筆』の文芸部門ローカルコンテストが開かれる。
大賞でも受賞しようものなら、マイナーな出版社の名もわからぬ人からオファーを受けられるという特典プラス賞金が数万円支給されるのだ。
名誉は授与された生徒のものでしかないが、栄誉は文芸同好会全体のものとなる。
こちらも力を入れなければならない。
はりきって文芸同好会の部室のドアを開けた。
奥の窓には、茜色をした空が広がっており、日の短さを象徴しているようだった。
10数名いる部員たちはせっせと締め切りに間に合うように製作していた。――ふだんは囲碁やチェス、将棋やオセロなどをして遊んでいるが、いざとなると目つきがちがった。
「できた人から持って来てちょうだい。寡作で寡読で寡聞で寡黙な私だけど、いちおう個人的に日本ミステリー文学大賞新人賞に応募しまくっている経歴からすれば、落選する作品のポイントくらいはつかめてきているのよ。それがないかチェックしてあげるわ」
教壇のイスに腰かけて、一二英語教諭は言った。
暗躍するまでにもう少しかかりそうだった。
むー……、早く「翌日」が書きたい!!
キャラの行動早見表さえ作っておけば……スムーズに進められたのに。
(しくしく)




