連合軍結成
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九拓真が彼女を意識し始めた理由は、突き詰めて言えば、一目惚れだったのだけれど、しかしそれだけではない。
いやもしも仮に、一目惚れだけだったなら、きっと意識したり、恋愛感情を抱いたりすることはなかったはずだ。
彼はそういう性格である。
自分勝手に――故意的に恋をすることについては、なんとも思わない九であるが、しかし好きになった反面、好いてもらわなければ割に合わない。そうしなければ自分の中で折り合いがつけられない、それが九である。よって彼はおのれの心を胸三寸に納めて、告白という最大イベントから逃げ続けていた。
ふられるのが嫌だから。嫌われるのが怖いから――などではもちろんない。
自分の思いを相手が真摯に受け止めてくれるかどうか、それが心配だからだ。自分と同じように愛してほしい。自分のために尽くしてほしい。
彼はいわゆるジコチュウなのだった。
「ねえねえ、拓真」
萬ケ原瑞穂は、机に置いてあるクマのぬいぐるみを指でさして、「ちょー、かわいくない?」と自慢げに話しかけてきた。
九は相手に全く興味がないのか、はたまた呆れているだけなのか、
「いやそもそもなんで、高校にそんなもの持ってきてるの?」
と、そっけない返事をした。
「えー、だって授業聞いててもヒマじゃん。わけわかんないし~」
萬ヶ原は頭にぬいぐるみを乗せ、ぐでーっと机に突っ伏した。
「それは同感なんだが……」
九は真剣に頷き、「お互い留年だけは免れような」と熱いメッセージを送った。
「うーん。私は……拓真がいっしょだったら~、一、二年くらい留年したいかな」
「親が泣くぞ」
3年生の3学期。
成績不良で、素行不良の、九と萬ヶ原であるが、かろうじて留年だけは避けてきた。
今学期を無事に終えれば、『卒業』である。
「そういや、お前、進学先って決まってんのか?」
「うーん。私は堅実な性格だし、優しいから、公務員めざそっかなって思ってる」
「いや無理だな! お前じゃ無理」
「えー、なんで? お母さんにも同じこと言われたんだけど!」
萬ヶ原はムスッと頬を膨らませた。
「おたふくか!」
「えっ……ひどい! それ女の子にいう言葉?」
「女の子でもおたふくにはなるからな。それこそ偏見ってやつだぜ」
九は楽しそうな笑みを浮かべた。
してやったりという顔だ。現代風にいいかえると、『ドヤ顔』だ。
「もう……」
言い返せず、悔しそうにする萬ヶ原をみて、「卒業まであと少しか……」と。
九はおぼろげに寂寥というか、寂寞というか。なんというかそういう、感傷的な気分になった。
慟哭したくなるほど、悲しい気分に――。
同刻。
朝のショートホームルームが始まる前の喧騒的な時間。
九から一方的に、されど消極的に想いを寄せられている霹靂は、なかなかロマンチックなことに、九と萬ヶ原を眺めていた――というよりガン見していた。
しかもかなり好意的な目で。
「ねーえ、な~に見てんの? だれかカッコいい人いた?」
机をバンっと叩かれ、霹靂は顔をあげる。
長い髪がなびき、シャンプーの香りがあたりに漂った。その動作はいかにも上品で、気品の良さも同時にただよわせることとなった。
「えっ?……いや……。えっ?――……なんでもないよ? なんの話?」
霹靂はしどろもどろになりながら答えた。
ただし、これは演技なのかもしれないし、素かもしれない。真相は本人にしかわからない。
「動転しすぎでしょ。……わかりやすくてかわいいなぁ」
(自称)霹靂の親友である、四十川翔子は女の勘を駆使してそう言った。
「えっ……いや、だから。……そんなんじゃないから」
「いいな~。私もキュンキュンしたいな~」
と、四十川はまるで取り合う様子もない。
なんだか妄想までもが、加速しているようだった。
「ねっねっ。だれ? 私が当てていい? ――えっと……この位置からだと……」
立て板に水で、四十川はまくしたてる。「九でしょ? えっ……そうなの? うっそー! ふ~ん、でもそうなんだ。私もそうなんじゃないかなーって思ってた」
「…………」
霹靂はまるでドラマCDを聴いているような感覚だった。
なにも話さなくたって物語は進んでいくからだ。もちろん良からぬ方向に――ではあるが。
「えっ? なになに? コイバナ? スキャンダラスな話? エロい話? 妊娠しちゃったと……」
「はい、黙ろーねー」
四十川は新しく話に割り込んできた女子の口をふさいだ。
「ちょっと待って!」
その女の子は、両手で四十川の手をひきはがし、「ねえ。なんか、くさい!」と顔をしかめた。
「ごめんね、小鳥遊。ついでだから握り屁しちゃった」
「えっ――まじでホント言ってんの? いやもう、まじでそういうのやめて!」
と、しかし怒っているわけでもなく、小鳥遊はそう言うのだった。
「ねえねえ、それよりさ。聞いて聞いて」
四十川は小鳥遊を手招きして、「霹靂に好きな人ができたんだってー」
などと、勝手なことをやりだした。
「また大げさに、吹聴して……。人の口に戸は立てられないんだからさ~、やめてよ」
霹靂からしてみれば本当に迷惑なのだが、
「な~に遠慮してんの。霹靂はかわいいんだから告っちゃえばいいんだって」
四十川はオバサンのようにデリカシーのない言葉で、霹靂を勇気づけた。
「で、霹靂の好きな人って言うのが……」
「うわー!」
人の口に戸は立てられぬ――きっと緘口令が発布されていても、その真理は変わらないんだろうな、と霹靂は心からそう思った。
「九……。ちょっと来て!」
萬ヶ原は愕然とした表情、低い声で、九を呼んだ。
「どうした、青い顔して――」
と言うものの、本当に顔が青かったわけではない。もちろん肌色だ。
――昼休み。
友人たちとの食事を終え、九が一息ついたところである。
1人でランチを楽しんでいた萬ヶ原は、スマートフォンの画面を凝視していた。彼女の机に置いてある小さな弁当の容器には、まだおかずが残っていた。どうやら食べている途中だったらしい。
「ワンクリ詐欺にでも引っ掛かったのか? 出会い系サイトの相手がサクラだったのか? 指紋が認識されないのか?」
九はケータイでよくありがちなトラブルを例に挙げ、質問を投げかけた。
しかし、該当する項目はなかったようで、「全部ちがう……」と否定されてしまった。
「ねえ、これなんだけど」
ずいっと、九の目の前に、一台の電子機器があらわれた。
その機械はメールの受信画面を表示しており、以下のような文面がつづられていた。
『九から離れろ。俺といっしょにいよう。九から離れろ。俺といっしょにいよう。九から離れろ。俺といっしょにいよう。九から離れろ。俺といっしょにいよう。九から離れろ。俺といっしょにいよう。九から離れろ。俺といっしょにいよう。九から離れろ。俺といっしょにいよう。九から離れろ。俺といっしょにいよう。九から離れろ。俺といっしょにいよう』
なんともまあ、気持ちの悪い。
悪辣な迷惑メールだった。
「おえっ。――古臭い手段に胸やけしそうだ」
九は明らかな嫌悪を示しながらも、「アドレス帳に載ってない人から来たのか?」
「うん。だから――なんだか怖くなって……」
「そうか。オレも怖い」
こんなにも頼りがいのないセリフを、それでも平然と言えるのは彼くらいであろう。
「まあきっと男子なんだろうから、適当に探りいれてみるわ。すぐに犯人見つけだしてやる!」
「うん……」
九は元気づけるようなことを言ったが、萬ヶ原は不安そうな顔をするだけだった。
一方の霹靂は、おしとやかでしおらしい女の子らしく、図書室にいた。
もっとも彼女は活字媒体があまり好きではないので、小説ではなく、『ネコの写真集』を読んでいた。
「ねえ、霹靂。あんたもいい加減、小説とか読んでみたらどう?」
向かいの席に座っている四十川は、本から顔をあげてそう訊いた。
本のタイトルは『如才ない才女』とある。
…………。なんだか『竹やぶ焼けた』みたいな、上から読んでも下から読んでも同じネーミングっぽいけど、ちがうんだ。
「え~っと……、なんか最近って、話題になってる本とかないしさ」
「それなら私が読んでるこの本がオススメだよ。――これはね、まだ途中までしか読んでないんだけど……」
四十川は説明を始める。
あまりというか、全く興味はないが、それでも適当に相づちをうっていると、
「私もそれ読んだよ」と、小鳥遊がやってきた。
週刊誌を手にしている。
「えーっ!」四十川は口に手を当て、静かに驚き(図書室なので)、「教養がまるでない、あんたが……」
「うん。でもそれって……ラストは――」
と、小鳥遊が言いかけた瞬間。
あれが炸裂した。
四十川はもはやそういうキャラなのかもしれない。
「うわっ……ゲホゲホッ」と、小鳥遊は激しくむせた。
かわいそう――霹靂はそう思ったが、黙ってみていることにした。
「わっはっは。どうじゃ、ワシの握り屁の味はー!」
すっかり役を決め込んでいる(?)四十川は口調までもが変わっていた。
「ヴッ……」
小鳥遊はあまりの臭さに吐き気をもよおしたようで、「気持ちわるいからトイレ行ってくるね」と駆けだしていってしまった。
「(生理)周期かな」
(生理的に受け付けない)臭気だよ。
と、ひと騒動あったところで、
「ねえ、聞いた?」
と、四十川は声をひそめて訊いた。
霹靂は、握り屁のことだと思い、「そりゃもう、効いたんじゃない? それも精神的に」
「いや精神的にって何? 自分のことでしょ?」
「…………?」
困惑顔の霹靂に向かって、四十川は「あのさ」と話し始めた。
余計なことは長々としゃべるが、肝心なことはほとんどしゃべらない。
「萬ヶ原ちゃん知ってるでしょ。同じクラスの――」
「うん……」
「迷惑メール来たらしいよ」
「まあ、それくらいは……。ふつうじゃないのかな? 私のとこにもそういうの来るし……」
「いやいやだから……」
四十川はようやく、単刀直入に、
「どうやらそれが、うちのクラスの人かららしいんだ」
「えっ……」
それってどういう、と続ける前に、「九と別れろ的な、メールが送られてきたらしいんだよ」
四十川が機先を制した。
「そ……それって脅迫じゃあ……ないのかな」
「そう。そこで」
四十川は言葉を区切り、ニヤッと笑いながら、
「萬ヶ原ちゃん庇護同盟を結成しようと思うんだ」と、高らかに宣言した。
「緊急救急究明『九』部隊だって?」
九は頭がおかしくなるのを感じながらも、かろうじて発音してみた。
『きゅう』という文字が何回でてきたことやら。
「そうだ。こんなときこそ、みんなが一致団結するときなんだ」
牛腸翔太はやかましく騒いでいる。
「いやだから、犯人を見つけだそうとか、そんなんじゃないから……」
「いいや、もはやこれは危急存亡の秋だぜ。早く見つけ出さないと、死者が出る!」
昼休みも残りわずか。
九は手当たり次第に聞き込みを行っていたが、よりにもよって牛腸という、ひと癖もふた癖もある人物に声をかけてしまったせいで、かなりの時間足止めをくらっていた。
彼が言うには、「1人で行える活動量には限界があるから、徒党を組むなりして効率を上げ、犯人をつかまえるべきなのではないか」という提案だった。
俯瞰的にはそういう考え方もアリなのだろうが、そこまで大規模な調査をしてしまうと、それがきっかけで第2の事件が起こりかねないのである。
「それに協力しようなんてもの好き、そんな簡単に見つかるわけ――」
牛腸の意見を却下しようと、視線をあげると、
「うん? ――呼んだか? ヒマな肥満児を……」
眼前に、野蛮なデブが現れた。
「って、だーれが肥満じゃあ!」
ぶんっと。
思い切り丸太のような腕で、右肩をぶん殴られた。
脱臼しそうなほどの、強烈な痛みが走る。
教室の中でいじめ(?)が起きているのに、だれもとめようとしないのは、いつも通りの光景だからである。月見里堤の暴行はなぜか看過されているのだ。
「いってーな。月見里! ちっとは加減を覚えろ」
と、九が叱責したところで、
「まずはこの3人で連盟を組もう。メンバーは徐々に増やしていけばいいからさ」
牛腸がまとめに入った。「ワンフォーオール。オールフォーワン。1人はみんなのために、みんなは1人のために、だ」
「おい、ちょっと待てよ。月見里とは組みたくねーよ」
「九! わがままだぞ。オレのどこが不服なんだ」
「…………」
月見里。お前がこの世に存在していることが、だよ。
九はのど元まで出かかった言葉を、かろうじて飲み込んだ。
――こうして緊急救急究明九部隊の設立が決定した。
ちなみに九部隊の『九』は、いちじくの『九』である。
この日は2チームとも、これといった行動、活躍をすることはなかった。
しいて挙げるならば、やっぱりこの2つの連合軍ができたことが、こんにちのメインイベントで、今後の物語を左右するカギとなりそうなのだけれど、だからと言ってそのような確証はない。
もしかしたらあの嫌がらせメールも、だれかが仕掛けた『ドッキリ』なのかもしれないし、そもそもあのメール自体を、萬ヶ原がねつ造していたのかもしれない。
真相は最後まで分からないし、最後になってもわからない、かもしれない。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
ぼくは精神的に弱い部分もあり、1人で書いていて辛くなってくることもよくあります。ですので、ご感想なんかいただけたらとても幸せです。