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俺、水島茜(みずしまあかね)はこの春大学を卒業するはずだった。卒業不可という4文字を見るまでは…


普通なら2年生で取りきるはずの第二外国語の言語の単位をまたしても取ることが出来なかった。それ以外の科目の単位はすべて取れているのにあとこの一単位だけのせいでまたこの春から大学に通うことになる。一部の科目では卒業再試験というのも認められれているそうだが、言語科目だけは対象外らしい


当然親には酷く叱られた。あなたのせいでまた50万円を払うことになるとか、いつになったら自立できるのとか、耳の痛い話だ


だが仮に大学を卒業できていたとして俺に待っているものはなにもなかった。それは就職活動をしていないからだ。インターンは一回も行ったことないし、エントリーシートを書いたことはないし、面接だってバイトの面接以来、一回も受けていない


何も分からなかった。想像できなかった。自分に向いている職業が、自分の働いている未来が…


だからなにも出来なかった。自分が怠惰なのか、未来に恐怖心を抱いているのか、それすらも分からない


大学生活も結局殆ど楽しむことが出来なかった。1,2年の頃はサークルに参加して友達もいたが、些細な言い合いで揉めてお互いに気まずくなっていつの間に会うことはなくなっていた。結局、大学というのは他人の集まりなのだと思う。中高の時とは「友達」という言葉の重みが違っていて、かつてのような人間関係を大学に期待してた自分が馬鹿だった


一度はこの状況を打開しようと大学の相談室へと駆け込んだ時期もあったが、自分は身体的に全く正常で精神疾患もなく、ネットで調べたら出てくるような簡単なアドバイスだけで終わって社会の冷たさを知った


そんな社会(つめたさ)に反抗するように何もしない日々だけが続いて今に至る


自分はもうあと1単位取ればいいだけなのでその日の授業だけ受ければいいのだが、家にいても内省的な思考を繰り返して落ち込むだけなので出る必要のない授業を履修した。月水金と1コマずつ授業を取っていて金曜日の第二外国語以外の科目は寝坊しようがテストをサボろうが何も問題はない。結局外に出る口実を作りたいだけだった。バイト先に留年したのでもう半年働かせてくださいという勇気はなく、何事もなかったように3月に退職した。留年した費用を稼ぐためにそろそろ新しいバイト先を探すか


春休み明け初日は金曜のフランス語の授業だった。前年度と同じ教員なので新たに教科書を買う必要はなく、前に使っていた教科書と筆箱を持って大学へ向かった


一番乗りで教室に着いて最前列一歩手前の列の席に座り、ソシャゲをしながら時間を潰しているとやたら声の大きい連中が教室にぞろぞろと入ってきて教室を間違えたのかと思った。マイページで確認すると今年から再履修組とスポーツ推薦組の教室が一緒になると書いてあり、気づけば教室はほぼ満員となっていた


チャイム1分前となり、スマホをカバンにしまって授業に臨もうとするのだが、さっきから一つ机を挟んで右にいる女性が小声で何かを嘆いては頭を抱えているのが気になった


勝手に踏み込むのもキモイし、悪いので気にしないよう努めようとしたが、机に筆記用具以外の物が置かれておらず、大体状況を察してしまった。多分教科書を忘れてしまったのだろう


スマホやパソコンの持ち込みは自由であり、誰かに教科書の写真を撮らせてもらえば解決する話なのだが、陰キャには本当にきついんだなこれが


自分もペンを忘れて出席カードが書けず、出席したのに出席できなかったことが何回かあった。知らない人にペン貸してなんて頼めるはずがない


勝手に決めるのは失礼だけど、おそらく彼女も陰寄りなのだろう。フランス語を落として留年した人間がここにいるし、本当に些細なことがきっかけで授業に行けなくなったり、単位を落としてしまうことはよく分かってるのでそうなってほしくはないなと思い、老婆心ながら話しかけた


「すいません。もしかして教科書忘れましたか」


彼女は一瞬驚いたような素振りを見せて俯きがちに頷いた


「いろいろ書き込んじゃってるけど、よかったら教科書の写真撮りますか?」


「良いんですか?!…あ、ありがとうございます」

一瞬、嬉しそうな表情を見せてそのことに気づいて恥ずかしそうに顔を隠し、急いで写真を撮って何度もおじぎをしながら教科書を返してくれた


そんなに感謝しなくていいのに


不覚にも可愛いなと思ってしまい、自分の心をビンタした。女子の免疫がないからって何を勘違いしているのだろう。キモイ自分を心から消すように真面目に授業を受けた


例年通り授業はABCの発音から始まり、5年にもなって自分は何をやっているんだと虚無感に苛まれながら授業を乗り越えた


せっかく外に出たから帰りはゲーセンにでも行こうかなと思い、席を立つと隣から腕を掴まれた


「あの、カフェ行きませんか?!!」


「え??」


世界のどこか遠くで新しい春を告げる鐘が鳴った気がした


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