第1節:ジャンク屋の大学生――1/3
2章まで頑張ってみてほしい
――1.モラトリアムの雑音――
5月。東京・秋葉原。 中央通りを埋め尽くす外国人観光客、大音量で流れる最新スマホゲームの広告トレーラー、ビルの壁面を飾る色鮮やかな美少女キャラクターの巨大看板。
どこを向いても記号化された「最新のポップカルチャー」で溢れ返るその街で、大学1年生のキシは、強烈な居心地の悪さを感じていた。
4月に地方から上京し、期待していた大学生活は、驚くほど平坦で退屈だった。サークルの新歓コンパで見せられる、SNSのフォロワー数や「界隈」のノリ。誰もが流行りの服を着て、流行りの音楽を聴き、お互いの顔色を窺いながら生きている。
「なんか、浅いんだよな……」
キシが本当に愛しているのは、自分が生まれる前――90年代から2000年代初頭の、まだインターネットがアングラで、オタク文化がもっと泥臭く、熱を帯びていた時代の秋葉原だった。
――2. 路地裏のシェルター――
キシが大学の講義終わりに逃げ込む場所。それが、秋葉原のメインストリートから一本外れた、薄暗い路地裏にあるジャンクショップ『サトウ電器』だった。
店内には、埃をかぶったデスクトップPCの基盤、用途不明のケーブル類、そして平成初期の電子機器がうず高く積まれている。ここだけは、令和の急速な再開発から取り残された、オタクたちの「墓場」であり「宝島」だった。
「うっす、店長。入ります」 「……おう。奥の棚の仕分け、やっとけ」
カウンターで古いラジオを修理している無愛想な店長に声をかけ、キシは作業着に着替える。時給は決して良くないが、このノイズに満ちた空間だけが、キシにとって唯一、深く息をつける場所だった。
――3. 拾われた黒い函――
バイトを始めて2時間ほど経った頃。キシは店舗の最奥、長年放置されていた「引き取り手のないジャンク品回収ボックス」の底を整理していた。
液漏れした乾電池や、錆びついたゲームハードの隙間から、それは出てきた。
プラスチック製の、何のラベルも貼られていない、真っ黒なVHSビデオテープ。
今の時代、絶滅したと言っていいメディアだ。カセットの小窓から覗く磁気テープは、たるみもなく、奇妙なほど綺麗な状態で残っている。
「店長、これ、回収ボックスの底にあったんですけど。捨てちゃっていいやつですか?」
店長は作業の手を止めず、背中で答えた。
「あ? ああ……。中身もわからんし、処分しとけ。それか、欲しけりゃ持って帰ってもいいぞ。どうせゴミだ」
キシは、その黒い塊を手に取る。手のひらに伝わる、妙にずっしりとした重み。 スマホをスワイプすれば世界中の動画が4Kで観られる2026年に、わざわざ中身のわからない磁気テープに惹かれるなんて、我ながら時代遅れだ。
しかし、キシのオタクとしての嗅覚が、その黒い函の中で眠る「何か」を察知して、激しく脈打っていた。
店の奥には、常連のレトロマニア用に置いてある、現役のブラウン管テレビとVHSデッキがある。 キシは誰もいない店内の隅で、息を呑みながら、そのデッキの挿入口にビデオテープを押し込んだ。
ゴト、と重々しい機械音が響き、テープが巻き取られる。 砂嵐のザーという雑音の向こうから、物語が動き出そうとしていた。




