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野井琅世のコメディー短編置き場

歴史に名前を残したい

作者: 野井琅世
掲載日:2026/05/02



「王太子よ。お前が、婚約破棄を計画していると報告があった。……まことか?」


 この国の国王が、悩まし気な表情で言う。

 その言葉に、王太子は、何処か誤魔化す様に答える。


「……誰から何を聞いたのか知りませんが、その様な讒言(ざんげん)を真に受けたのですか?」


 微妙に質問に答えていない。

 はぐらかすつもり満々の答えだった。

 そんな王太子に、国王は、溜息混じりに言う。


「お前の側近からの報告だ。証拠も集めてある」


 国王の答えに、王太子が驚愕の表情を浮かべる。

 そして、その場にいた自分の側近に向かって叫ぶ。


「貴様っ! 裏切ったのか⁉」


 王太子の言葉に、王太子の側近は、泣きそうな表情だった。

 そして、その表情のままに言い返す。


「当たり前です! 主君の愚行を止めるのも臣下の務めです!」


 極めて正論である。

 何を思って婚約破棄など企んだのか知らないが、まあ、普通なら止めるだろう。


「私の計画を知らない訳ではなかろう⁉」

「知っているから止めたんです!」

「ふざけるな! この計画が上手くいけば、私は、歴史に名を残せるのだ!」

「王太子殿下が、歴史に名前を残したいと考えているのは知っています!」

「ならばっ! ならば、何故だ⁉」


 王太子の言葉に、王太子の側近は、今にも泣きだしそうな程に顔を歪める。

 そして、慟哭(どうこく)する様に叫ぶ。



「だからって、悪名じゃなくても良いじゃないですか‼」



 ………………


 悪名を残そうとしていたのか……。

 歴史に名前を残したいのは……、まあ、理解できなくはない。

 だが、悪名を残そうとするのはどうかと思う。

 と、言うか、そんな形で名前が残って満足なのだろうか?


「黙れ! 偉業を成しても人々の記憶には残らん! 立場ある者が、馬鹿な事をやらかし、転落してこそ、その名が残るのだ!」


 極論である。

 偉業を成して名が残った偉人も沢山いる。

 だが、王太子は、その極論を信じて疑わない、真っ直ぐな目をしていた。

 そして、そんな王太子を前に、国王は頭を抱えている。


「報告は聞いていたが、本当に、そんな事を考えていたのか……」


 国王が、呆然と呟く。

 まあ、息子が、こんな馬鹿な事を言い出したら呆然とするだろう。


「父上! 分かってください! この計画が上手くいけば、父上だって、私の親という事で、その名が残るのですよ!」

「そんな形で残したくないわっ!」


 至極もっともな事を国王が叫ぶ。

 普通、歴史的馬鹿の親として名を残したいと考える者などいない。

 当たり前の話である。

 だが、そんな考えが分からぬとばかりに、王太子が、国王の言葉に驚愕の表情を浮かべてみせる。

 驚きたいのはこちらである。


「……婚約破棄以外も、何やらやっているらしいな?」


 国王が、静かな声で王太子を問い詰める。

 どうやら、婚約破棄以外にも企んでいるらしい。


「さて? 何の事やら?」


 王太子がワザとらしく白を切る。

 そんな王太子を胡乱気(うろんげ)に見つつ、国王が部下に何やら命じる。

 そして、部屋に運び込まれる謎の物体。

 それが、重量を感じさせる鈍い音共に床に降ろされる。

 ……よく見れば、それは、かなり荒々しい出来だが、木彫りの人形だった。

 どうやら、女性を()したと思われる、等身大の人形だ。

 かなり不気味な出来で、見ただけで呪われそうな逸品(いっぴん)である。


「これはなんだ?」


 国王の詰問に、王太子の目が泳ぐ。

 かなりの挙動不審だった。

 確実に王太子が関わっている事が分かる。


「……お前が、呪いにまで手を出しているとは思わなかったぞ」

「呪い⁉」


 国王の言葉に驚愕の声を上げたのは王太子だった。

 完全に不意を突かれたような表情を浮かべている。

 見た目は完全に呪いの人形なのだが、この反応からして、どうやら、呪いの人形ではないらしい。


「? ……呪いで無いのならば、これは何なのだ?」


 国王が(いぶか)し気に訊ねる。

 呪いでないならば、用途が完全に不明な品である。

 国王の質問は当然だろう。


「……分かりました。説明します」


 王太子は、観念した様子でそう言って、木彫りの人形に歩み寄る。

 そして、木彫りの人形の肩を抱いて見せ、堂々とした声で言う。



「マイ・ワイフです」



 ………………


 何を言ってらっしゃるの?


「……は?」


 国王もこの反応である。


「マイ・ワイフです」


 繰り返さんで良い。

 お前がイカれているのは十分に伝わっている。


「本気で言っているのか⁉」

「勿論です!」


 堂々と言うな。

 本気なのだとしたら、かなりヤバい。


「巷に溢れる物語では、王子が、下級貴族の娘に入れあげたり、平民の少女に入れあげて婚約破棄を行います!」


 それと、お前の『マイ・ワイフ』発言が、どう(つな)がるというのだ。


「それなら! 私は、自作した木彫りの人形に入れあげます!」


 本気で言っているのか?

 そして、その人形、お前の自作だったのか。


「木彫りの人形に入れあげての婚約破棄! これは、かなり愚かですよ!」


 愚かと言うか、シンプルに狂気を感じる。


「男爵令嬢? 平民少女? なんぼのもんじゃいっ! こちとら、木彫りの人形じゃぁっ!」


 王太子の勢いに押され、国王がたじろぐ。

 頑張ってくれ、国王。

 お前しか、この男の暴走は止められん。


「殿下……。もう止めて下さい。私の方が恥ずかしくなります……」


 王太子の側近が、さめざめと涙を流しながら言う。

 主君が、こんな醜態(しゅうたい)(さら)していたら泣きたくもなるだろう。


「この際ですから何でも聞いてください! こうなったら、全部、答えて上げますよ!」


 王太子が、ヤケクソ気味に叫ぶ。

 隠し通す事は諦めたらしい。

 今更な判断である。


「……婚約者の公爵令嬢を追放する計画があると聞いたぞ?」


 国王が、重々しく口を開く。

 その国王の質問に王太子が元気よく答える。


「追放場所は、複数を確保してあります! 本人の希望に沿って、安全、快適に追放できます!」


 それは追放なのだろうか?

 自分が『ざまぁ』される事が前提なのだとしたら、ちょっとした旅行である。


「公爵令嬢に仕事を押し付けているとか……」

「優秀な婚約者を追放して仕事を(とどこお)らせるのは鉄板です! ……しかし、安心してください! 上層部が混乱するだけで、現場に支障が出ない組織を作ってあります!」


 無駄な努力をしすぎである。

 そこまで悪名を残したいか?


「夜な夜な、怪しげな儀式を行っているとも聞いたぞ?」

「婚約者を聖女にする儀式です! 追放した婚約者が特別な力を持っていれば、私の愚かさが引き立ちます!」


 引き立たせるな。そんなもん。

 悪名を残す為に、手段を選ばなさすぎである。


「聖女は、神が決める事であろう……」


 国王が頭痛を(こら)えるかのような表情で言う。

 王太子の側近は両手で顔を覆っていた。


「神に祈りを捧げているのです! 神がノイローゼ一歩手前までいっているんです! 後少しです!」


 お前に天罰が下る。と、言う意味では、確かに後少しなのかもしれない。


「神をノイローゼにするな!」

「じゃあ、どうしろと⁉」


 どうしろも何もない。

 止めろ。と、言う話である。


「他にも! 次期国王はどうする⁉」


 とうとう国王が怒鳴る。

 王位継承に関しては、国にとって、本当に重大な問題になりかねない。怒鳴るのも当たり前だった。


「弟にスムーズに王太子の位を譲れるように手を回してあります!」


 無駄に手回しが良すぎだ。

 その情熱は、いったい、何処から来ているのか……。


「お前は……。お前は……!」


 国王が、椅子の上で、とうとう脱力する。

 もう、何も言う気力はなさそうだった。


「私は、必ずやり遂げます!」

「………………」


 王太子の宣言に、国王は死んだ目をしていた。

 王太子の側近は、その場に泣き崩れている。

 その二人を目の前に、王太子は、堂々と胸を張っていた。

 酷い有様だ。

 王太子に、人の心は無いのであろうか?

 あまりにも救いの無い空間と化している。

 だが、そんな、如何ともしがたい空気が満ちる中、恐れ知らずにも、一人の人物が入室してくる。


「失礼いたします」


 年若い女性だ。

 柔らかな微笑みを(たた)えた美しい女性だった。


「……公爵令嬢か」


 国王が、絞り出す様な声で言う。

 どうやら、件の王太子の婚約者らしい。


「婚約破棄の件だとか……」


 どうやら、王太子の企みを聞かされているようだ。

 その上で、微笑みを崩していないのだから、中々の胆力の持ち主である。


「おお! 公爵令嬢! ……追放先は決まったかい?」


 王太子が、(ほが)らかな笑みを湛えて言う。

 決して、朗らかに言う内容ではないのだが、公爵令嬢は表情を崩さない。


「殿下……」


 そう、声を掛けながら、公爵令嬢は、王太子に近付く。

 そして……


「いい加減、諦めてください」


 そう言って、王太子の鳩尾(みぞおち)に拳をめり込ませる。

 肺の空気を一気に吐き出し、王太子の身体がくの字に曲がる。

 強烈なボディーブローだった。

 王太子が、咳き込みながら、その場に崩れ落ちる。

 その様を見て、国王が、驚愕に目を見開く。

 だが、そんな事を気にもせず、公爵令嬢が言う。


「国王陛下」

「……な、なんだろうか?」


 かなり引き気味に国王が答える。

 そんな様子の国王に、公爵令嬢は、微笑んだままの顔を向け、続けて言う。


「その、気味の悪い人形を叩き割って(まき)にしてください」


 容赦のない要求だった。

 まあ、誰も困らない要求なのだが。


「わ、分かった」


 公爵令嬢の謎の気迫に押された国王が頷く。

 そして、人に命じて、木彫りの人形を運び出させた。


「ああ! ジェニファー!」


 王太子が、嘆きの声を上げる。

 どうやら、人形に名前を付けていた様だ。

 そして、そんな王太子の襟首(えりくび)(つか)んだ公爵令嬢が、国王に向かって言う。


「私は、殿下を教育してまいります」

「そ、そうか。……婚約は、そのままで良いのか?」


 国王の質問に、公爵令嬢が小さく溜息を吐く。


「……馬鹿な事さえ考えなければ、それなりに優秀な方ですから」


 確かに、自分の悪名を残す為の計画で、色々と手回しの良さを見せていた。

 そう考えると、方向性さえ間違えなければ優秀なのかもしれない。


「では、殿下。まいりましょう」


 そう言って、公爵令嬢は、王太子を引きずって去って行く。

 男性一人を軽々と引きずるあたり、公爵令嬢は中々の剛腕である。


「待ってくれ! 私のジェニーを許してくれ!」

「……先程と、名前が違いますよ」

「……そうだったか?」

「あの人形に、思い入れとかあるんですか?」

「……特に無いな」


 そんな()り取りをしながら、二人は部屋のドアの前に到達する。


「ちなみに、あの人形、モデルとかいるんですか?」

「ああ。君をモデルにした」

「……分かりました。あの人形で作った薪でぶん殴りますね」

「何故⁉」


 何故も何もない。

 (いた)って真面(まとも)な反応である。


「あと、神様から苦情が来ています」

「神から?」

「『本当に、もう、勘弁してください』との事でした」

「……もう一押しだな」

「その一押しをしたら、王都で一番高い塔の上で、殿下を一押ししますよ」


 頭がおかしくなりそうな会話だった。

 その会話を聞いて、国王は頭を抱えている。

 王太子の側近は、とても遠い所を見つめていた。


「歴史に名を残す為には仕方ないんだ!」

「はいはい。真面目に働いて名を残しましょうね」


 そんな遣り取りを残して、二人は部屋から退出していく。

 公爵令嬢の言うところの教育に行くのだろう。

 だが、具体的には、何処へ行くのか分からない。

 そして、この国の行く末も分かりはしない。

 色々と、不安にまみれた先行きだ。


 二人が去った後には、混沌とした空気だけが残っている。

 部屋の空気の淀みが目に見えそうだ。

 居るだけで精神が汚染される。

 そう、確信できる程だった。


 そんな状況に、国王は、死んだ目で窓の外に視線を向ける。

 現実逃避気味の無意識の行動だ。

 だが、向けられた国王の視線の先。

 そう、窓の外では……




 今まさに、ジェニファーだか、ジェニーだかが叩き割られる瞬間だった。


本日中に、もう一つ短編を上げる予定です。

良かったら読んでください。

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