歴史に名前を残したい
「王太子よ。お前が、婚約破棄を計画していると報告があった。……まことか?」
この国の国王が、悩まし気な表情で言う。
その言葉に、王太子は、何処か誤魔化す様に答える。
「……誰から何を聞いたのか知りませんが、その様な讒言を真に受けたのですか?」
微妙に質問に答えていない。
はぐらかすつもり満々の答えだった。
そんな王太子に、国王は、溜息混じりに言う。
「お前の側近からの報告だ。証拠も集めてある」
国王の答えに、王太子が驚愕の表情を浮かべる。
そして、その場にいた自分の側近に向かって叫ぶ。
「貴様っ! 裏切ったのか⁉」
王太子の言葉に、王太子の側近は、泣きそうな表情だった。
そして、その表情のままに言い返す。
「当たり前です! 主君の愚行を止めるのも臣下の務めです!」
極めて正論である。
何を思って婚約破棄など企んだのか知らないが、まあ、普通なら止めるだろう。
「私の計画を知らない訳ではなかろう⁉」
「知っているから止めたんです!」
「ふざけるな! この計画が上手くいけば、私は、歴史に名を残せるのだ!」
「王太子殿下が、歴史に名前を残したいと考えているのは知っています!」
「ならばっ! ならば、何故だ⁉」
王太子の言葉に、王太子の側近は、今にも泣きだしそうな程に顔を歪める。
そして、慟哭する様に叫ぶ。
「だからって、悪名じゃなくても良いじゃないですか‼」
………………
悪名を残そうとしていたのか……。
歴史に名前を残したいのは……、まあ、理解できなくはない。
だが、悪名を残そうとするのはどうかと思う。
と、言うか、そんな形で名前が残って満足なのだろうか?
「黙れ! 偉業を成しても人々の記憶には残らん! 立場ある者が、馬鹿な事をやらかし、転落してこそ、その名が残るのだ!」
極論である。
偉業を成して名が残った偉人も沢山いる。
だが、王太子は、その極論を信じて疑わない、真っ直ぐな目をしていた。
そして、そんな王太子を前に、国王は頭を抱えている。
「報告は聞いていたが、本当に、そんな事を考えていたのか……」
国王が、呆然と呟く。
まあ、息子が、こんな馬鹿な事を言い出したら呆然とするだろう。
「父上! 分かってください! この計画が上手くいけば、父上だって、私の親という事で、その名が残るのですよ!」
「そんな形で残したくないわっ!」
至極もっともな事を国王が叫ぶ。
普通、歴史的馬鹿の親として名を残したいと考える者などいない。
当たり前の話である。
だが、そんな考えが分からぬとばかりに、王太子が、国王の言葉に驚愕の表情を浮かべてみせる。
驚きたいのはこちらである。
「……婚約破棄以外も、何やらやっているらしいな?」
国王が、静かな声で王太子を問い詰める。
どうやら、婚約破棄以外にも企んでいるらしい。
「さて? 何の事やら?」
王太子がワザとらしく白を切る。
そんな王太子を胡乱気に見つつ、国王が部下に何やら命じる。
そして、部屋に運び込まれる謎の物体。
それが、重量を感じさせる鈍い音共に床に降ろされる。
……よく見れば、それは、かなり荒々しい出来だが、木彫りの人形だった。
どうやら、女性を模したと思われる、等身大の人形だ。
かなり不気味な出来で、見ただけで呪われそうな逸品である。
「これはなんだ?」
国王の詰問に、王太子の目が泳ぐ。
かなりの挙動不審だった。
確実に王太子が関わっている事が分かる。
「……お前が、呪いにまで手を出しているとは思わなかったぞ」
「呪い⁉」
国王の言葉に驚愕の声を上げたのは王太子だった。
完全に不意を突かれたような表情を浮かべている。
見た目は完全に呪いの人形なのだが、この反応からして、どうやら、呪いの人形ではないらしい。
「? ……呪いで無いのならば、これは何なのだ?」
国王が訝し気に訊ねる。
呪いでないならば、用途が完全に不明な品である。
国王の質問は当然だろう。
「……分かりました。説明します」
王太子は、観念した様子でそう言って、木彫りの人形に歩み寄る。
そして、木彫りの人形の肩を抱いて見せ、堂々とした声で言う。
「マイ・ワイフです」
………………
何を言ってらっしゃるの?
「……は?」
国王もこの反応である。
「マイ・ワイフです」
繰り返さんで良い。
お前がイカれているのは十分に伝わっている。
「本気で言っているのか⁉」
「勿論です!」
堂々と言うな。
本気なのだとしたら、かなりヤバい。
「巷に溢れる物語では、王子が、下級貴族の娘に入れあげたり、平民の少女に入れあげて婚約破棄を行います!」
それと、お前の『マイ・ワイフ』発言が、どう繋がるというのだ。
「それなら! 私は、自作した木彫りの人形に入れあげます!」
本気で言っているのか?
そして、その人形、お前の自作だったのか。
「木彫りの人形に入れあげての婚約破棄! これは、かなり愚かですよ!」
愚かと言うか、シンプルに狂気を感じる。
「男爵令嬢? 平民少女? なんぼのもんじゃいっ! こちとら、木彫りの人形じゃぁっ!」
王太子の勢いに押され、国王がたじろぐ。
頑張ってくれ、国王。
お前しか、この男の暴走は止められん。
「殿下……。もう止めて下さい。私の方が恥ずかしくなります……」
王太子の側近が、さめざめと涙を流しながら言う。
主君が、こんな醜態を晒していたら泣きたくもなるだろう。
「この際ですから何でも聞いてください! こうなったら、全部、答えて上げますよ!」
王太子が、ヤケクソ気味に叫ぶ。
隠し通す事は諦めたらしい。
今更な判断である。
「……婚約者の公爵令嬢を追放する計画があると聞いたぞ?」
国王が、重々しく口を開く。
その国王の質問に王太子が元気よく答える。
「追放場所は、複数を確保してあります! 本人の希望に沿って、安全、快適に追放できます!」
それは追放なのだろうか?
自分が『ざまぁ』される事が前提なのだとしたら、ちょっとした旅行である。
「公爵令嬢に仕事を押し付けているとか……」
「優秀な婚約者を追放して仕事を滞らせるのは鉄板です! ……しかし、安心してください! 上層部が混乱するだけで、現場に支障が出ない組織を作ってあります!」
無駄な努力をしすぎである。
そこまで悪名を残したいか?
「夜な夜な、怪しげな儀式を行っているとも聞いたぞ?」
「婚約者を聖女にする儀式です! 追放した婚約者が特別な力を持っていれば、私の愚かさが引き立ちます!」
引き立たせるな。そんなもん。
悪名を残す為に、手段を選ばなさすぎである。
「聖女は、神が決める事であろう……」
国王が頭痛を堪えるかのような表情で言う。
王太子の側近は両手で顔を覆っていた。
「神に祈りを捧げているのです! 神がノイローゼ一歩手前までいっているんです! 後少しです!」
お前に天罰が下る。と、言う意味では、確かに後少しなのかもしれない。
「神をノイローゼにするな!」
「じゃあ、どうしろと⁉」
どうしろも何もない。
止めろ。と、言う話である。
「他にも! 次期国王はどうする⁉」
とうとう国王が怒鳴る。
王位継承に関しては、国にとって、本当に重大な問題になりかねない。怒鳴るのも当たり前だった。
「弟にスムーズに王太子の位を譲れるように手を回してあります!」
無駄に手回しが良すぎだ。
その情熱は、いったい、何処から来ているのか……。
「お前は……。お前は……!」
国王が、椅子の上で、とうとう脱力する。
もう、何も言う気力はなさそうだった。
「私は、必ずやり遂げます!」
「………………」
王太子の宣言に、国王は死んだ目をしていた。
王太子の側近は、その場に泣き崩れている。
その二人を目の前に、王太子は、堂々と胸を張っていた。
酷い有様だ。
王太子に、人の心は無いのであろうか?
あまりにも救いの無い空間と化している。
だが、そんな、如何ともしがたい空気が満ちる中、恐れ知らずにも、一人の人物が入室してくる。
「失礼いたします」
年若い女性だ。
柔らかな微笑みを湛えた美しい女性だった。
「……公爵令嬢か」
国王が、絞り出す様な声で言う。
どうやら、件の王太子の婚約者らしい。
「婚約破棄の件だとか……」
どうやら、王太子の企みを聞かされているようだ。
その上で、微笑みを崩していないのだから、中々の胆力の持ち主である。
「おお! 公爵令嬢! ……追放先は決まったかい?」
王太子が、朗らかな笑みを湛えて言う。
決して、朗らかに言う内容ではないのだが、公爵令嬢は表情を崩さない。
「殿下……」
そう、声を掛けながら、公爵令嬢は、王太子に近付く。
そして……
「いい加減、諦めてください」
そう言って、王太子の鳩尾に拳をめり込ませる。
肺の空気を一気に吐き出し、王太子の身体がくの字に曲がる。
強烈なボディーブローだった。
王太子が、咳き込みながら、その場に崩れ落ちる。
その様を見て、国王が、驚愕に目を見開く。
だが、そんな事を気にもせず、公爵令嬢が言う。
「国王陛下」
「……な、なんだろうか?」
かなり引き気味に国王が答える。
そんな様子の国王に、公爵令嬢は、微笑んだままの顔を向け、続けて言う。
「その、気味の悪い人形を叩き割って薪にしてください」
容赦のない要求だった。
まあ、誰も困らない要求なのだが。
「わ、分かった」
公爵令嬢の謎の気迫に押された国王が頷く。
そして、人に命じて、木彫りの人形を運び出させた。
「ああ! ジェニファー!」
王太子が、嘆きの声を上げる。
どうやら、人形に名前を付けていた様だ。
そして、そんな王太子の襟首を掴んだ公爵令嬢が、国王に向かって言う。
「私は、殿下を教育してまいります」
「そ、そうか。……婚約は、そのままで良いのか?」
国王の質問に、公爵令嬢が小さく溜息を吐く。
「……馬鹿な事さえ考えなければ、それなりに優秀な方ですから」
確かに、自分の悪名を残す為の計画で、色々と手回しの良さを見せていた。
そう考えると、方向性さえ間違えなければ優秀なのかもしれない。
「では、殿下。まいりましょう」
そう言って、公爵令嬢は、王太子を引きずって去って行く。
男性一人を軽々と引きずるあたり、公爵令嬢は中々の剛腕である。
「待ってくれ! 私のジェニーを許してくれ!」
「……先程と、名前が違いますよ」
「……そうだったか?」
「あの人形に、思い入れとかあるんですか?」
「……特に無いな」
そんな遣り取りをしながら、二人は部屋のドアの前に到達する。
「ちなみに、あの人形、モデルとかいるんですか?」
「ああ。君をモデルにした」
「……分かりました。あの人形で作った薪でぶん殴りますね」
「何故⁉」
何故も何もない。
至って真面な反応である。
「あと、神様から苦情が来ています」
「神から?」
「『本当に、もう、勘弁してください』との事でした」
「……もう一押しだな」
「その一押しをしたら、王都で一番高い塔の上で、殿下を一押ししますよ」
頭がおかしくなりそうな会話だった。
その会話を聞いて、国王は頭を抱えている。
王太子の側近は、とても遠い所を見つめていた。
「歴史に名を残す為には仕方ないんだ!」
「はいはい。真面目に働いて名を残しましょうね」
そんな遣り取りを残して、二人は部屋から退出していく。
公爵令嬢の言うところの教育に行くのだろう。
だが、具体的には、何処へ行くのか分からない。
そして、この国の行く末も分かりはしない。
色々と、不安にまみれた先行きだ。
二人が去った後には、混沌とした空気だけが残っている。
部屋の空気の淀みが目に見えそうだ。
居るだけで精神が汚染される。
そう、確信できる程だった。
そんな状況に、国王は、死んだ目で窓の外に視線を向ける。
現実逃避気味の無意識の行動だ。
だが、向けられた国王の視線の先。
そう、窓の外では……
今まさに、ジェニファーだか、ジェニーだかが叩き割られる瞬間だった。
本日中に、もう一つ短編を上げる予定です。
良かったら読んでください。




