10話 空白 (4)
15分ほど気持ちを整理していたわたしは「大丈夫です」と優美さんに声をかけた。
そして、優美さんを先頭にまこっちゃんの部屋がある2階にいくため階段を上る。
ギシギシと踏みしめる音がやけに大きく聞こえたように感じた。
そして、2年ぶりにまこっちゃんの部屋の前に立った。
優美さんはすでに部屋に入ってしまったが、わたしは少し離れたところで一度深呼吸をした。
事故の日までは何度となく入ったことがあるこの部屋。わたしはゆっくりと一歩ずつ確かめるように踏み入った。
まこっちゃんの部屋は記憶のまんまで、家具やベッドは何も変わっていなかった。優美さんがそのままにしていたという言葉通りだった。だけど、ほんの数歩、踏み入る間に何かがわたしに襲ってくる。
蝉の鳴き声すら聞こえない無音の静寂。
もわっとした室温。
居間や仏前の部屋と変わらないまこっちゃん家の匂い。
呼吸する口の中に異味が広がっていく。
決まってまこっちゃんが座っていた勉強机の椅子。
大事なピースがぽっかりと抜けている。
五感すべてでわたしを攻撃してきて、事前に用意した防波堤を軽々と突破していく。
「優美さん・・・」
わたしは優美さんの腕に縋りついて、視界と鼻を塞いだ。
「なっちゃん!!ごめんね!下、行こう!」
優美さんに肩を抱きかかえられながら踵を返して、わたしたちは居間に引き返した。
階段を下りる途中も優美さんはわたしを気遣った。
「とりあえず落ち着こう。無理に読まなくてもいいよ」
優美は夏希を居間の椅子に座らせ、しばらく時間をおいた。
何度か「また今度でも良いのよ」と訊くが夏希は「大丈夫です、読みたいです」と俯いたまま小さく答える。
そして、何度目かのやり取りの後、夏希は顔を上げて優美に頷いて見せた。
それを見て、優美は小さなリングノートを夏希の前にそっと置いた。
「気分が悪くなったら、すぐに言ってね」
「はい・・・」
わたしの目に入ってきたのは、ページの端が少し折れていて、使い古されたノートだった。
表紙が色褪せて、流れた月日を物語っている。
わたしは手を伸ばし、表紙を一か所も見落とさないように時間をかけて見終わってから、ゆっくりと捲った。
予想通り、そこには野球のメモが多く残されていた。




