10話 空白 (3)
「なっちゃん、どうかした?」と優美さんに声をかけられて、意識が引き戻された。
「えっとね、なっちゃん。なっちゃんと矢上君は不思議な関係だと思ってるの。あの子が共通点ではあるんだけど」
唸り続けていた優美さんが神妙な面持ちで言った。
「・・・はい。まこっちゃんがいなかったら、矢上君を知ることはなかったと思います」
「もしね、そんな矢上君のことをなっちゃんが知りたいって思うのなら、直接話かけてみれば良いと思うの」
「ええっ!!それはぜったいムリですって」
わたしは思わず両手を前に出して拒否した。
「ふふ。今はそうかもね。でもね、運命っていうのがあるとしたら・・・自然とどこかのタイミングで話しかけると思うの」
優美さんはいたずらっぽい表情でわたしに言った。わたしが絶対できないって分かってて言ってる。不思議な関係なんてドキっとすること言っておいて、優美さんはわたしを困らせて楽しんでいるだけなんだ、と思った。
「どうしても教えてくれないんですね」
半ば不貞腐れ気味に言った。
「ん~~、そこまで意地悪じゃないって」
「えっ、じゃあ、何か知っているんですか?」
優美さんは椅子に浅くかけなおして、わたしの目を真っ直ぐに見つめた。あの日と同じ目だと思った。
「あのね・・・まことの部屋、ずっとそのままにしていたんだけど」
優美さんは少し寂しげに話はじめた。
「この前、荷物を整理してたら、あの子、ちょっとした日記みたいなのを残していたのよ。ほんのちょっとだけね」
「まこっちゃんが・・・日記?」
あまりに意外過ぎて、一瞬、吹き出しそうになるけど、雰囲気が許さなかった。
「そうなの。それでね、なっちゃんには・・・見て欲しいなって思ってるの」
その言葉はずっしりと重く感じた。さっきから優美さんの決心がわたしの肌に伝わってくる。さっき悩んでいたのは、日記をわたしに見せるかどうか迷っていたのかもしれない。
「いいんですか、わたしなんかが・・・」
「もちろん。むしろ、読んでもらいたいかな。でもね、あまり期待しないでね、日記って言ったけど、日記なんて呼べるものじゃないのよ。落書きのほうが近いかも」
「見てみたいです!」
怖いって初めに思った。落書き、それはまこっちゃんの本心が書かれているってこと。
わたしのこと、ひどく書いてあるかもしれない。
わたしの中にいるまこっちゃんの像が崩れ落ちてしまうかもしれない。
見ない方がいい、という選択肢はあった。
だけど、その恐怖に矛盾するようなじぶんも同居している。
わたしのまこっちゃんへの想いは”蛙化現象”のような何かで冷めるほど薄いものではない。それを確認したいとも思っているんだ。
「わかった。・・・なっちゃんの疑問、その中にヒントがあるかもね」
優美さんが言わんとしていることがようやく分かってきた。優美さんの口から矢上君のことを教えるつもりはないってことだ。そして、その日記の中にヒントがあることも知っているんだ。
「あの、勢い余って返事しちゃったけど、少しだけ時間ください。・・・心の準備が」
「・・・うん、分かった。ふふ、そういうところ、なっちゃんっぽいね」
そう言って優美さんは麦茶のおかわりを持ってきて、席を外してくれた。ぽつんと居間に残されたわたしは頭を空っぽにしていった。




