10話 空白 (1)
仏壇の前に手を合わせた後、優美さんが「また果物いただいちゃったし、お菓子もあるからちょっとだけ、話していかない?」と声をかけてくれた。
わたしは「はい」と軽くうなずくと、いつもの居間に通された。
お盆過ぎのこの時期、全国的にまだまだ夏本番であって、ここ埼玉県北では40度近い危険な暑さを連日記録している。小学校低学年だったころの記憶では、近所の公園で友達や友達の兄妹と遅くまで遊んでいた。だからもうちょっと涼しかったのかなぁと考えていたけど、小さいころ特有の鈍感さがあったのかもしれない。
ただ、お父さんから昔は冷夏っていう、夏でも暑くなかった年があったと聞いて、驚いたこともあった。昔が異常だったのか、今が異常なのか、どっちなんだろう。たぶん後者なんだろうけど、それを認めてしまうと異常が日常になったことも認めてしまうことになっちゃうのかな。季節や気候だけでなく、色んな異常が日常になってしまい、わたしの手から大事な何かがどんどん零れ落ちていく気がしてしまう。
テーブルの上には、藍色の涼しげな小皿が並べられ、優美さんは手際よく、お菓子を置いていく。
それらはひとつひとつが透明の包装紙でくるまれていた。
「冷やしておいたの。すこしでも涼しくなるかなと思って」
「美味しそう!いただきます!」とさっそく包みを開けると、バターの風味がわたしの鼻腔をくすぐる。
何度か食べたことがあるそれは、駅前の有名な和菓子屋さんの生サブレ。
わたしの”いただきます”に答えるように、風鈴が一度だけ、チリンと鳴った。
「昨日のお供え物なんだけどね、誠がこれ好きだったのよ。抹茶あんのやつ」
優美さんはそう言って、麦茶の入ったガラスのコップを差し出した。
表面に水滴がついていて、手のひらをひやりとさせる。
わたしは一口、麦茶をいただいてから、お菓子を口に運んだ。
皮は驚くほどやわらかくて、持ち上げた瞬間、ちょっとだけ指に貼りついた。
噛むと、しっとりとした食感の後に、抹茶味の裏でホワイトチョコの甘さがやさしく広がる。
味は洋菓子なのに、食感が和菓子みたいで、商品名にもなっている”やわらか”さが独特で大好きな味。
「あの子、『洋菓子と和菓子が一緒なってるから中華だぁ』っていつも言ってたのよ」
まこっちゃんらしい笑える話なんだけど、優美さんの少し寂しげな言葉に引き摺られて、うまく笑顔を作れないままうなずいた。
わたしはお線香を上げに来た時に恒例となっている”矢上君の1か月分の観戦記”を優美さんに話した。
初めは、ベンチが多くてすぐ終わってしまった矢上君の観戦記。今では矢上君の活躍が増えて、話す量がだんだんと増えている。その活躍には優美さんも興味を持って熱心に詳しく聞いてきて、こちらも熱弁してしまう。最近だと、玄人っぽいプレーもあって、余計に熱が入る。
野球の話でつい夢中になるわたし、それを嬉しそうに、だけどちょっと寂しそうに、優美さんは頷いて聞いてくれた。そこまで野球に詳しいわけではない優美さんは、「なっちゃん、野球博士すぎ!」と笑ってくれて、それがさっきまでの静寂を少しだけ消してくれた。




