9話 キャッチボール (1)
パァン!乾いた捕球音が、利根川の河川敷に心地よく響いた。
「ナイスボール!夏希、少し球が速くなったんじゃないか?」
「えへへ、そうかな?中学入ったんだから、ちょっとは速くなるって」
水曜日の夕方前。お店が定休日の今日、学校から帰宅したわたしは久しぶりにお父さんとキャッチボールをするため出かけていた。グラブ越しに伝わるボールの重みと、少し痛いくらいの衝撃。それが嬉しくて、わたしは自然と笑顔になる。
「次はバッティングセンター行きたいな。今ね、動画で大谷選手のフォーム見て研究してるの。あのフォームを真似したくて」
「はは、大きく出たな。夏希は左打ちに変えるのか?」
「形だけね!でも、スイングしてみたら、あんまり違和感ないから、いけそうな気がするの」
お父さんは「変えるなら、早い方がいい」と笑って、ゆっくりとボールを投げ返してくれた。一通り体を動かした後、わたしたちは土手の芝生に並んで腰を下ろした。お父さんはペットボトルのお茶を二つ手に持ち、ひとつを渡してくれた。
ときおり強い風が吹き、髪がバサバサと激しく靡いている。
目の前には川幅200メートルはある利根川の水流が広がっている。埼玉と群馬の県境にあるその巨大な川は濁っていて、時折吹き付ける突風とリンクするように荒々しい。
対岸の河川敷には釣りをしている人がまばらにいて、水流の勢いに引っ張られて落ちないか、見ているわたしが心配になるぐらいだ。
「・・・学校は、どうだ。慣れたか?」
お父さんが半分ぐらいに減ったペットボトルを眺めながら、聞いてきた。少し探るような、照れくさそうな声。
「うん。クラスに仲の良い友達、数人できたよ。趣味の話したり、一緒にショート動画みたりしてる」
「そうか・・・それは良かった」
「授業もね、この前の中間テストは難しかったけど、なんとかついていけそう」
「・・・がんばりすぎなくても、いいんだぞ」
「・・・うん、わかってる。ありがとう」
父さんはわたしの頭をポンポンと無造作に撫でた。その手が大きくて、温かい。
わたしは照れ臭くなって、対岸で遊んでいる親子に視線を預けてごまかした。視線の先では、小学校低学年ぐらいの男の子とお父さんが凧あげをしていた。男の子は元気に走り回っていて遠目でも可愛くて微笑ましい。
「ねえ、お父さん。この間、観に行ったリトルシニアの試合でね、すごいプレーを見たの」
わたしは、ずっと聞きたかった話題を切り出した。
ランナーコーチの的確な声、イニング間の意図的なキャッチボール、そして盗塁のあのプレー。
わたしはそのときの様子を”矢上君の名前を出さずに”身振り手振りで説明すると、父さんは真剣な顔で頷きながら聞いてくれた。
特に、盗塁での矢上君のプレーについては、少し考え込むように顎をさすった。




