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藍の軌跡  作者: シャボン玉


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6話 今も好きな人 後編 (5)

 【Side Story:夏希の帰宅】


 夏希の母親は静かに娘の帰りを居間で待っていた。

 夏希が保泉家にお線香を上げに行くというので、それを送り出した後、客が途切れた頃合いを見て青果店を閉め、いつでも外出できるよう準備を整えていた。

 

 なつき、そろそろかしら・・・。

 

 居間には私一人しかいなかった。事前に示し合わせていて、お父さんには2階の寝室で待機してもらっている。

 二人だとなつきが驚くといけないし、話があるって言ったのは私なんだからという思いだった。

 私はペシペシっと軽く両手で自分の頬を叩いた。

 いまさら怖気づいたって駄目、なつきの辛さに比べたらこんなの何でもないんだから。

 だから、他の誰でもない、私がなつきに病院のこと切り出さないといけない、と自分を追い詰めた。


 ”キキィー”と鈍くはない新しめの自転車のブレーキ音が耳に入ってきた。なつきが帰ってきたことが分かり、ドキドキと急に心臓の鼓動が速くなる。

 もし、病院なんて行きたくないって拒否されたらどうしよう、怒ったらどうしよう、家を出て行ったりしないだろうか、心配は次から次へと浮かんでくる。

 いや、むしろ夏希が素直に「うん」と言って病院に行くことに応じるとは思えなかった。

 そして、夏希との間に大きな亀裂が入ってしまうことだって・・・。


 心の準備をする間もなく、ガチャと玄関を開ける音がして、ビクッと体が反応した。「ただいまぁ~~」とすぐになつきの声が続いて聞こえた。

 最初の一言目はなんていう?私は意味もなく、手元の湯呑を手に持って少し脇に置いた。


 夏希は靴を脱ぐと2階の自部屋には向かわず、まっすぐに居間に入っていった。

「あっ、お母さん、居たんだ。お店閉めてたから出かけちゃったかと思った」

「おかえり。・・・うん、お店休みにしたの」

「なになに、なにかあるの?よそ行きの恰好しているし」

 夏希は口角を上げて、興味深そうな表情で言った。

「なつき?・・・・・あなた」

 夏希の大きな瞳と笑顔が母親の目に映った。保泉誠の事故があった日から、ずっと塞ぎ込んでいた夏希。一瞬、今までのことは何かの幻だったのではないかと母親は思った。だが、夏希のこけた頬、制服から覗かせる細い手首と手足は紛れもなく目の前にあり、現実に引き戻された。

「ん?どうしたの」

 夏希はいつもと様子が違うおかしな母親に首を傾げた。

「どうしたのって・・・すごく嬉しそうよ」

 夏希は不思議そうな顔を浮かべてから「ああ、そっかぁっ」と合点がいった表情をして、ふふっと笑って言った。

「うん。ちょっと良いことあったんだぁ」

「良いことって?」

「ん~~~、ナイショ。そんなことより、わたしお腹すいちゃったぁ。ペコペコ~」

 夏希はお腹に右手を当て、照れ笑いをしながら言った。

 こんなに甘えてくるなつきはいつ以来だろうかと母親は思い、病院の話は奥底にしまうことにした。

「じゃあ、まだちょっと早いけど、お父さんと一緒に外に食べに行こっか。ちょっと待ってて、お父さん呼んでくる」

 席を立ち、2階に向かおうとする夏希の母親。夏希はその後ろ姿を追った。


「待って!」


 夏希は階段手前で後ろから両手で母親の背中を抱きしめて引き留めた。今日、夏希が誠の母親にされたのと同じように。

「なつき?・・」

「あのね・・・いままで、ごめんなさい」

「・・・もう大丈夫なの?母さん、心配で」

「うん。体はまだちょっときついかも。でも、がんばれそう」

 トーンを上げて宣言した「がんばれそう」、そのたった一言が母親の目頭を熱くさせた。

「・・・どこに行こうか、焼肉?お寿司?」

「あ、きょうはお母さんの手料理が食べたいの」

 夏希は躊躇なく、即答した。

 夏希の母親は生きてきて初めて経験する感情が込み上げてきて堪えることができなかった。その姿を娘に隠すように背中越しに言った。

「何が食べたいの?」

「ハンバーグと唐揚げと・・豚汁!・・あと、できればオムライス!」

 夏希は母親の背中に頬をくっつけると、甘えるように自分の大好物を並べていった。

「大好物ばっかりね。じゃあ・・・買い物行かないと」

「一緒にいく!あと料理もお手伝いしたい。作り方覚えたいんだ、お母さんの」

「馬鹿、泣かせないでよ」

 後付けで泣いている理由を作った母親は茶化すように言った。


 結局、お父さんが運転手を買って出て、3人で少し離れた大型商業施設まで買い出しに出かけることになった。

 いつもの配達車の助手席になつきが乗って、私は後部座席。3人が同じ車に乗るのはいつ以来だろう。

 私はなつきの後ろ姿を見つめながら、どんな奇跡が夏希に起きたんだろうって思った。

 車内には沈黙が多い。でも、今はまだそれでもいいんだと思った。遠く離れてしまっていた夏希との距離。これから時間をかけてゆっくりと縮めていけばいいんだから。

 配達車でつけっぱなしにしているラジオの音が沈黙を埋めていた。アイドルグループの流行り曲が流れていて、なつきはそれをご機嫌に鼻歌まじりで歌っている。

 ずっと続いていた刺々しい夏希。

 きっと、たくさんたくさん傷ついたはずなのに。

 今までのことが嘘のようにすっきり晴れやかな顔をしていた。

 そして、あの子から暖かくて優しい感情がどんどん溢れ出ている。


 それにしても・・・


 ーーきょうはお母さんの手料理が食べたいの


 愛する娘に「お母さんの手料理が食べたい」って言われて嬉しくない母親なんて、この世にはいないんだろうね。

 そんな当たり前の馬鹿なことを考えていたら「さぁ、着いたぞ」というお父さんの声が聞こえた。

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