6話 今も好きな人 後編 (1)
「なっちゃん、ケーキがあるからリビングに行こう」
優美さんはわたしの背中をポンと優しく叩くと、立ち上がり、歩き出した。
「なっちゃん、おいで」 「はい!」
わたしも立ち上がり、もう一度だけ、まこっちゃんの遺影に振りむいた。
ー行ってくるね、まこっちゃん。写真の中の彼は、コロコロと表情を変え、いまは笑って「おう」って言っているように見えた。
そういえば、結局、言えなかったな。
『まこっちゃん、ずっと大好きだったよ』
覚悟を決めて来た今日。まこっちゃんのために用意したその最後の一言は、喉の奥に消えてしまった。
優美さんのおかげで、もう、口にすることはないのかもしれない。
行き場をなくしたわたしの告白は、そっと胸の奥に大切にしまうことにした。わたしは涙をハンカチで拭うと、軽い足取りで優美さんの背中を追いかけた。
わたしと優美さんは、まこっちゃんの仏壇がある小さな部屋をあとにして、居間でくつろいでいた。
ケーキのお皿が空になったころ、優美さんが改まったように口を開いた。
「あのね、なっちゃん。なっちゃんが中学生になったら話そうと思っていたことがあるの」
その神妙な響きに胸が少しざわついた。
「チームメイトの同級生だった子がリトルシニアに入ったの。矢上真君っていうんだけどね」
ーーまこと。心の中でその名をなぞる。わたしの世界では、たった一人しかいない名前だった。
「まこっちゃんと同じ名前・・・なんですね」
「うん。矢上君の方のまことは真実の真。苗字のやがみは弓矢の矢に、上下の上。それで矢上真」
真実の真でまこと。そして矢上というのは珍しい苗字だと思った。学校やご近所さん、お客さんの名前を結構知ってるとは思うけど、この辺では聞いたことがない。
ただ、わたしにとっては珍しい苗字よりも”まこと”という名前の方がだんぜん気になる事だった。
まこっちゃんの誠に、矢上君の真。
誠実と真実・・・何か、特別な重なりがある気がした。
「学校も同じだったんですか?」
「うん。小学校も同じ、クラスもずっと一緒だったのよ。家はそんなに近くないんだけどね、一番の仲良しだったのよ」
一番の仲良し、親友を意味するその言葉に夏希の視線が写真立てに向けられた。
何度も見させてもらった写真立てには、笑顔のまこっちゃんとチームメイトが写っている。試合で見せるまこっちゃんの笑顔は代名詞みたいなもの。自信に溢れていて、バッターとの対戦をゲームのように楽しんでいる。苦しいのをごまかすための笑顔ではない。才能に溢れた自信しかないかっこいい笑顔だった。そして、相手バッターを完璧におさえこむと、周りのチームメイトにその笑顔が伝染していった。そして、完勝後に撮ったのがこの一枚なんだと思う。
まこっちゃんは誰の目にも明らかなチームの中心。もしわたしが女の子じゃなかったら、あの中に混ざりたかったと、いつも羨ましく思っていた。




