1話 深海 (2)
だけどあの日、夏を嫌いになってしまった。ううん、嫌いになるまでちょっと時間がかかったかもしれない。とても信じられない出来事。きっと嘘だと信じていたから。
それでも、真実を知ってからは早かった。
夏を嫌いになって、わたし自身のこともすぐに大嫌いになった。
名前も嫌いになった。
夏希なんてどうしてつけたんだろう。夏に希望なんてなかったのに。
苗字は名前よりもっと嫌いになった。藍という漢字が呪われているようにしか思えなくなった。
小学生3年生ぐらいに藍はいろんな青色だとお母さんに教えてもらった。明るい青もあれば、暗い青もあるんだって。
でも、わたしの藍はまっくらで冷たくて重くて、こころにまとわりついてきて息が苦しくなる。そんな呪われた藍。
それはまるで深海のような藍。だれもたどり着けないくらいの海の底。そこはたぶん光が届かなくて暗くて、寒くて・・ひとりぽっち。テレビで見たグロテスクな深海魚がいて、不気味で大嫌い。
カラっと晴れた気持ちのいい青空と真逆な青。それが藍。
きっと藍は光をぜんぶ吸い込んじゃったんだね。
それに深海は光を吸い込んじゃうだけじゃない。たすけて欲しいのに声は泡みたいになって消えてしまって、誰にも届かない。動こうとしても、足がふわふわしてうまく進めない。にげることもできなくて、こわいばしょ。
そして、キラキラと輝くわたしの宝石も奪っていってしまった。
かえしてほしくて手をのばしても届かない。むなしく空振りする手の向こうで、どんどん小さくなっていき、消えていった。手だけ伸ばしたままその場で崩れ落ちたわたしには、何も残されていなかった。
事故のことを色々調べて気づいたの。運命なんだったんだなって、のろわれたわたしの。
わたしがのろわれているなら、言ってくれればいいのに。きっと受け入れたと思う。
がまんしたし、なんならわたしのいのち、差し出すよ。
お母さん、お父さんにはちょっと悪いけどキラキラしていないわたしなんて、いきてても誰もうれしくないよ。
ずっとこうかいしている。まこっちゃんのこと。
手を伸ばしたらダメだったんだよね。
許されるのは遠くから見てるだけだったんだね。
ごめんね、まこっちゃん。謝ってもおそいよね。




