5話 今も好きな人 前編 (1)
少し肌寒い春の日の午後、まこっちゃんの家へ向かう畦道を自転車を走らせていた。アスファルトがある此処らでは広めの畦道ではあるけど、たまに車がスーッと1台通るだけだった。この辺の田舎では過疎化もあり、歩く人を見かけることは少なくて、いたら健康志向の人ぐらいに思っている。静かな土曜日、ペダル音だけが静寂の中で聞こえていた。
優美おばさんには事前にLINEで連絡していて、到着は時間ぴったりになりそうだった。出かける直前でお母さんから持たされた店一の豪華な果物も持った。そして、まだ皺もない真新しい中学の制服。それに今日のために内緒で買った安いコスメ。色々失敗して結局、目のクマを隠して、眉毛、まつげを整えるぐらいだけど、少しだけかわいくなった気がしてる。
考えていたすべての準備はできていた。だけど、重苦しい心の準備だけができなくて不安でいっぱいになっている。
いつも自転車で来ているのに、予想より早く到着した気がした。もう少し、落ち着く時間が欲しいと思いながら、わたしは自転車をいつもの玄関わきに置いた。
ここも、もう来ることはないんだなと思ったとき、動悸で身体が揺れたような気がした。
玄関に向かう一歩目が重くて、その場でわたしはゆっくりと空を見上げた。
どんよりとした曇り空だった。天気予報では晴れだったから、4月らしい爽やかな空を想像していた。天気予報が外れたわけだけど、最後のお別れは、真夏が良かったかもしれないなといまさらに思った。
そのまま目をつぶり、一息、深い深呼吸をして、大丈夫!きっとできる!そうじぶんに言い聞かせた。
わたし史上最高の笑顔を見てもらう、それだけを頭いっぱいにした。
「こんにちは~」
店先でお客さんと話すときのように声のトーンを数段上げて言った。意識して作った明るい声を玄関から家内に通す。
「なっちゃん、いらっしゃい」
優美さんはすぐに出迎えてくれた。笑顔でいつもの優美さん、でも少しだけ赤く腫れた目が気になった。
「おじゃましま~す」
用意されていたピンクのかわいいモコモコのスリッパをはいて居間に行く。
「制服で来たんだ。あれぇ~、それに大人っぽくてなってて、かわいいよ」
「あ、ありがとうございます。えっと、あの、これ、うちの両親から」
わたしはバスケットに入った果物詰め合わせをテーブルに置いた。
「あらぁ、いつもありがとうね。かわいいバスケット、りんごの形しているのね」
うちのお店で詰め合わせ用に用意している一番高価なバスケット。リンゴの輪郭をかたどっていて、柔らかなカーブを描く木の縁取りには、細やかな手仕事の温もりが残っている。上部には、ちょこんと葉のような装飾がついていて、まるで童話の中から抜け出してきたかのような佇まいがかわいくて好きだった。
「はい。葉のところがとくにかわいくて」
「ほんとだ、葉っぱになっているんだね。凝ってる~。それに果物も豪華ですごい」
「えっとですね、今の時期おいしい苺、甘夏、グレープフルーツ、それに熊本から入荷したばかりのメロンを取り揃えてみました!」
から元気で明るく振舞った。
優美さんはわたしが手に持ったバスケットをジッと数秒見てから受け取った。
「ふふ、なっちゃん、ありがとう。それじゃあ、さっそくお供えに行こっか」
優美さんは優しい笑顔でそう言い、居間のすぐとなりの部屋に二人で向かった。




