クリスマスの手紙
母さんへ。
今夜は、不思議な夜でした。
撃つ音の代わりに、歌が聞こえました。敵の塹壕からです。言葉は違うのに、なぜか懐かしくて、こちらも誰かが歌い返しました。
しばらくして、白い布を持った兵士が前に出てきました。
本当なら、ここで書くべき言葉は一つしかありません。けれど、誰も引き金を引きませんでした。
無人地帯で会った彼らは、写真で見る敵とは違いました。
年は僕と変わらず、手はかじかみ、笑うと少し照れていました。
煙草を交換し、パンを分け合いました。名前も聞きました。
その間、戦争は遠くへ行っていました。
世界には夜空があり、寒さがあり、人がいました。
朝になれば、また元に戻るのでしょう。
それでも、今日のことを忘れないでいられます。
人は、命令より先に、人でいられると知ったからです。
母さん。
もし僕が帰れなくても、今夜のことを思い出してください。
誰も撃たなかった夜が、確かにあったと。
メリークリスマス。
あなたの息子より。
彼は、生きて帰った。
勲章はなかった。
あの夜のことを話せば、上官は眉をひそめ、同僚は黙った。
英雄譚に、誰も撃たなかった話は似合わなかった。
戦争が終わっても、夜は終わらなかった。
静かになると、歌が聞こえた気がした。意味のわからない旋律。だが、懐かしい。
彼は鍛冶屋になった。火を扱う仕事は、怖くもあり、落ち着きもした。
鉄は叩けば形を変える。人も、同じだと思いたかった。
ある冬、子どもに問われた。
「戦争って、どんなだったの?」
彼はしばらく考え、こう答えた。
「一晩だけ、戦争じゃなかった日があった」
それ以上は言わなかった。
煙草も、パンも、名も――すべて胸の奥にしまった。
毎年、十二月二十五日になると、彼は作業を早く切り上げ、机に向かった。
誰にも宛てない手紙を書くために。
あの夜、人は人でいられた。
それを覚えている者が一人でもいれば、世界は完全には壊れない。
彼はそう信じて、ペンを置いた。
外では、今年も雪が静かに降っていた。




