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今だから、できること。

作者:


「はぁ……。」


仕事を終えて、帰宅。


靴を脱いで、部屋に上がる少しの段差に、体の重みを感じてしまう。


時計に目をやると、23時30分を過ぎていた。


「つっかれたぁー。」


ベッドの上にダイブするように、仰向けに横たわる。

もう、動ける気がしなかった。


壁にかかるカレンダー。


「父の日かぁ……。」


もう何年も、父の日のプレゼントは渡していない。


会社に入社してもう5年目だ。


重たくなった目を、細くしながら、思い出す。


大学を留年することになった時のこと——



トゥルルルー


「おぉ、どうした。元気でやってるか。」


「あ?まぁ、うん。」


「なんだ。何か話か。」


「大学、留年することになる。」


「……会って、話そう。」


「……うん。」


俺が返事をすると、電話は切れた。


電話をかける前には、結構緊張してたのに。


切った後、スマホを眺めたままでいたら、時間が1分進んだ。


「こんなもんか。」


俺は、大学の研究室にいる時は、仲の良い先輩や後輩たちと麻雀をしたり、

飽きると仕送りの金でパチンコ。勝った時には、みんなで飲んで。


金がない時には、近くの安い定食屋で。


そんな生活だった。


それくらいでいい、そう思っていた。


父との約束の日、家にあげたくないと思った俺は、田舎から出てきた父と、

駅の喫茶店で待ち合わせた。


「ひさしぶり。」


「ひさしぶりだな、勉強はうまくいってるのか。」


「うまくいってるよ。留年することになったのは、

ただ提出しなきゃいけないレポート出す日を、勘違い……しただけ。」


なんだよそれ。

言い訳が苦しすぎるだろ……。


「そうか。人間だから、そういうこともあるんだろ。」


は……。


父の飲んだコーヒーの湯気で、少しメガネが曇ってた。


「……」


父の後ろの席で、パソコンのキーボードを叩く音が、やけにうるさい。


「仕送りは、足りてるのか。ちゃんと食べられてるのか。」


「……安い定食屋が、あるよ」


「そうか。休みの時くらい、たまには帰って来い。

お母さんも心配してる。」


「……わかった。」


「大学のことは、気にするな。お前がそう決めたんだろ。

納得いくまでやればいいよ。」


父は話を終えると、カバンから財布を取り出している。


俺もコーヒーを一口飲んだけど、アイスティーにすればよかったと、

後悔した。


「……今日は、泊まってけよ。」

自分の言った言葉が、宙に浮いてるみたいだった。


外は、雨が降り出していた。


「んん、ホテルとってるから、気は使わなくていい。」


「……いいから。金かかるし。」


「そうか。だったら、雨も降ってきたし、お前の家に行く前に、

何かここで食べるか。」


「うん、……それがいいかもな。」



——あの日、結局俺は父に本当のことは話せなかった。


スマホのメッセージ画面を開くと、” 父の日特集 ”という広告が目に入った。

体を起こして、父の番号を検索する。


「父の日、間に合うかぁ。」


トゥルルルー


「あ、もしもし。」


「おお、どうした。なんかあったか。」


「いや、何にもないよ。遅くにごめん。」


「お母さんに変わるか。」


「いや、再来週、家帰るよ。」


「……そうか。気をつけて帰って来い。」


「わかった。」


電話を切って、ネクタイを緩める。


洗面所で自分の顔が鏡に映ると、少し照れ臭い。


父は変わらない。


俺は、変わっていかなきゃいけない。


家族との時間も、仕事も、時間は限りあるものだから。


返していかなきゃいけない。


自分にできることを、手の届くところから。









最後までお読みいただき、ありがとうございました。


読者の方々の、幸せな思い出に触れる物語になっていたら、嬉しいです。

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