騎士団長の憂鬱2
レオニダスはこめかみに血管を浮かせながら、目の前に広がる信じがたい光景を前に、必死で怒りを抑え込んでいた。
「……で。なんで、あなたがここにいるんですか?」
今日もようやく仕事を終え、オルガのために腕によりをかけて料理を作り、「おいしいね!」と笑う彼女の顔を見て、休暇に入った上司がやり残した仕事や、正気を疑う発言を連発する国政の代表者たちから受けたストレスを癒す——はずだった。
そのストレスの元凶の一人。
上司——騎士団長ルーカスが、
よりにもよって、自分の愛しい恋人と同じ長椅子に腰を下ろし、くつろいでいるのだ。
「レオニダスおかえりー。今日はなに? お魚かな?」
「魚かー! いいな! 俺、魚介大好物なんだ」
レオニダスは怒りのすべてを拳に込め、近くにあった机へと叩きつけた。鈍い音を立てて揺れる机。それを見て、オルガはきょとんと首を傾げる。
「レオニダス、どうしたの? ご機嫌ななめ?」
その無防備な仕草に、一瞬だけ怒りが霧散する。
——可愛い。
深く息を吐き、気持ちを落ち着かせてから、改めてルーカスを睨みつけた。
「今日から長期休暇ですよね?……ここで、なにやってるんですか?」
そのくつろぎきった、完全に気の抜けた表情を見た瞬間、レオニダスはすべてを悟った。
——こいつ、朝からここにいやがったな。
レオニダスは朝から、ルーカスがサボったせいで残された仕事を片っ端から片付けていた。
山のような書類、無意味に長い会議、責任だけ押し付けられる判断の数々。
それなのに、
その元凶が、自分の知らないところで——いや、よりにもよって自分の家で。
しかも自分の恋人と一緒に朝からのんびり過ごしていたのだと思うと、ようやく収まったはずの怒りが、再び腹の底からふつふつと湧き上がってきた。
レオニダスのこめかみが、再びぴくりと跳ねる。
「レオニダス、どうしたの? やっぱり機嫌が悪い?」
「ご機嫌斜めだぞ、レオニダス」
二度目の拳が机に叩きつけられる。
今度はもう抑えきれなかったのだろう。レオニダスの怒鳴り声が家中に響き渡った。
「今すぐ、家に帰れ!」
「えー。だってさ、ちゃんとお泊まりセット持ってきてるんだよ? かわいそうじゃない?」
「な? レオニダス、ひどいよなー。そんな態度じゃ、オルガちゃんに愛想尽かされるぞ?」
その軽薄な笑顔。
火に油を注ぐとは、まさにこのことだった。
その後、レオニダスは何も言わずに台所へ向かい、本来はオルガと二人で食べるはずだった小魚を、無心で油に放り込む。
じゅわり、と小魚が油の中ではぜる音が広がり、その音を聞いているうちに、荒れていた心の波が少しずつ凪いでいった。
——今日一日だけ、我慢する。
明日、出勤する時に追い出せばいい……。
レオニダスはそう自分に言い聞かせながら、揚げ色のついた小魚を静かに引き上げた。
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「いやー、美味しかったなぁ」
「自分のところにプロの料理人がいるでしょうが」
遠慮もなく、レオニダスがオルガのためだけに作った晩御飯を平らげると、ルーカスは満足そうにお腹を上に向け、長椅子に寝転がった。
どうやら屋敷にいる料理人の作るものとは違う、家庭の味がすっかりお気に召したらしい。
「……で、ライラさんには、このこと、ちゃんと知らせてあるんですよね?」
そうだと信じたい。
しかしルーカスは目をそらし、気まずそうに聞いていないふりをして無言を貫いている。
——黙って家から出てきたのだ、とレオニダスはすぐに悟った。
「ルーカスさ、ライラになにも言ってないの?家から急にいなくなる寂しさを、一番よく知ってるくせに。
自分が大切な人に、そんなことしたらだめたよ?」
オルガがそう言って、黙り込んだルーカスの顔をそっと覗き込む。
彼女の言葉は正論だ。
だが——オルガはあまりにも純粋すぎる。
ルーカスが、わざとライラを不安にさせるようなことをしているのだとは、きっと分かっていない。
五年間。
ライラの身を案じ、何もできず、気が狂いそうになりながら待ち続けた日々。
その苦しさを、ほんの少しでいいから味わってほしい。
そんな薄暗い感情が、ルーカスの胸の奥には確かにあった。




