騎士団長の憂鬱1
騎士団長ルーカスは執務室の机に腰を下ろし、肘を突いたまま書類の山をぼんやりと眺めて、重たいため息をついた。
「また喧嘩ですか?今月に入って何度目です?」
書類整理が進まないのが気に入らないのか、レオニダスがうんざりした声で問いかける。
ルーカスは答えずに睨み返すだけで、視線を再び書類に戻した。
……もちろん一枚も片付けてはいない。
そのとき、扉がノックされ魔法師セフォラが顔をのぞかせた。
「準備できてますかー?行きますよ」
レオニダスは数か月前から森に住むオルガの家へ引っ越しており、城外で暮らしているため、緊急時以外はセフォラが転移魔法で送り迎えしている。
「団長、私は帰りますので」
待ってましたと言わんばかりに、レオニダスの仏頂面がふっと緩む。
その表情には、同僚であり上司であるルーカスの機嫌などどうでもいい、と書いてあった。
颯爽と執務室を後にするレオニダスを見送りながら、ルーカスは心の中で悪態をつき、ふと背後の窓に目を向けた。
そこには、妻——ライラが騎士たちと剣を交え、汗を流す姿があった。
ライラが姿を消していた五年間、ルーカスはまるで体の一部を失ったような、息の詰まる地獄のような日々を過ごしてきた。
ようやくオルガのおかげで戻ってきたというのに、今度は隣国とのいざこざが続いて二人の時間はろくに取れず、やっと落ち着いたと思えば……ライラは失った体力を取り戻すと意気込み、朝から晩まで鍛錬漬けの日々。
「……俺と騎士の仕事。どっちが大事なんだよ」
騎士団長として、そして同じ騎士として剣を握る妻に、そんな弱音を吐けるはずもない。
だが、もっと構ってほしい、というのが本音だ。
今朝も、ようやく取れる長期休暇を妻と過ごしたいと思い、ライラにも休暇を取るよう誘ったところ「騎士団長としての自覚はあるのか」と怒られたばかり。
レオニダスが毎日のように語る惚気が、正直うらやましい。
一緒に買い物に行って、料理を作って、食卓を囲んで。
休みの日にはソファで並んで、別々の本を読みながら静かに同じ時間を過ごす。
そんな普通のことがしたいだけなのに。
なのにライラは休みの日でも庭で剣を振り続け、どこにも出かけてくれない。
食事も「体づくりのため」と制限され、同じものを食べていてもどこか味気ない。
というか、そもそも鍛錬の邪魔になるからと、ルーカスと同じ日に休みすら取ってくれないのだ。
「……はぁ」
ルーカスのため息だけが、静かな執務室に落ちた。




