騎士の女
目を開けられないほどの光がすっと引き、
オルガはゆっくりと瞼を持ち上げた。
目の前には、記憶より少し小さくなった精霊樹が、
若々しい葉を揺らして立っていた。
濁っていた湖は澄み渡り、空気は清らかさを取り戻している。
そして——
「……母さま! 父さま!」
精霊樹の根元、そこには数人の男女が倒れるように横たわっていた。
オルガは膝をつき、母の頬にそっと手を添えた。
かすかに温かい。
「……オルガ」
オルガは慌てて鞄から体力の実を取り出し、母の口にそれをねじ込む。父にも、他の倒れている男女にもひとりずつ実を食べさせていく。
やがて、母——マーシャがゆっくりと身体を起こした。
「……オルガ、ありがとう。精霊樹はもう大丈夫。
あとは……村の方へ行ってあげて」
脳裏に浮かんだのは、あの腐敗したドラゴン。
瘴気を垂れ流し、大地を腐らせながら飛び立っていった怪物。
(あれが、もし村に向かったとしたら——)
想像するだけで背筋が凍る。
「母さま、これ……念のために置いていくね!」
オルガは体力の実を何粒かマーシャの手に握らせた。
そして村へと走り出そうとしたそのとき——
「……待って、私も一緒に行く。連れて行って」
柔らかな、しかし意志の強い若い女性の声が背中に届いた。
振り返ると、細身の女性が、ふらつく体を必死に支えながら立ち上がろうとしていた。
艶めく銅色の髪。すらりとした体躯。
どこか気品のある、しかし芯の強さを感じさせる女性だ。
オルガは慌てて支え、体力の実を数粒その口に含ませた。
「ありがとう……助かったわ。私は、騎士だったのよ。もしかしたら今は除隊されてるかもしれないけどね」
冗談めかすように微笑んだあと、
彼女は長年動かせなかった身体を確かめるように肩を回し、腰をひねり、足を伸ばす。
その動きは……信じられないほど滑らかだった。
オルガは思わず目を丸くする。
(えっ……復活したばかりなのに……こんなに動けるの?)
女性は軽く息を整え、しっかりと地を踏むと、
まっすぐオルガを見てうなずいた。
「さ、行きましょう」
「あ、でもどうやってここからでればいいの?」
精霊樹のあるこの場所は、エイミル村近くの森とは別の層にある境界の領域だ。
オルガは光の道に導かれてここまで来たが、帰り方までは知らない。
(戻れるのかな……? もしかしてぜんぜん違う場所に出たりしない?)
そんな不安が胸をよぎったとき、ライラが柔らかな声で言った。
「大丈夫よ。戻りたい場所を頭の中で思い浮かべて。それだけで、自然と道が開くわ」
「えっ……そんなに便利なの?」
銅色の髪の女性はクスリと笑い、手を差し出してくる。指先までしなやかで、騎士らしい芯の強さを感じさせる手。
「私はライラ。エルバの手は持っていないけれど……植物を育てるのは得意なの」
「私はオルガだよ!よろしく」
しっかりと手を握り返した瞬間、オルガの足元に淡い光が広がり、二人の周囲が柔らかな緑の輝きに包まれ始めた。
「行くわよ、オルガ。場所を思い浮かべて」




