芽吹
朝。
森の奥に射し込む光が、まだ少し冷たい空気を揺らしてた。
オルガは店の扉を開け放ち、空気を入れ替えると、棚の奥に手を伸ばす。
昨日、そっとしまった小皿。
布をめくると、淡金の種が、かすかに温もりを帯びていた。
「……おはよう。よく寝た?」
問いかけると、種はぴくりと震える。
小さな殻の内側で、なにかが生まれようとしているのが、感覚でわかる。
オルガは皿を持ち、机の上にそっと置いた。
「さて……次は、育ててあげないとね」
生成本を片手に、種に手をかざす。やることは、いつもと同じ。でも、今は少しだけ違う。
呪いを吸い取って咲く花。
オルガはまぶたを閉じ、皇子の眠る顔を思い出す。
冷たく、静かで、どこか切ないまなざし。
指先に力を込める。
小さな種から、ふわりと光がこぼれた。
淡い緑と金の色が混じった光。
種が、ほんの少しだけ割れた。
そこから覗いたのは、透きとおるような白い芽。
けれど、それはまだ花ではなく、“兆し”にすぎない。
「……よし。ここまでは順調、かな」
このあと、皇子のもとに持っていき、呪いに触れさせなければ、真に咲くことはない。
「どんな綺麗な花が咲くのかな?楽しみ!」
オルガは、芽を包むように両手で皿を覆った。
「もう少しだけ育ててから、連れていこう。今度は、ちゃんと咲かせるために」
しかし芽の出た種は、ころんと音を立てて転がった。
淡金の色は、前よりも少しだけ温かく、そして――ほんのかすかに震えていた。
呼吸をするように。何かを待つように。
「……へえ。おもしろ」
オルガは頬杖をつきながら、じっとその小さな粒を見つめた。
「もう咲きたいの?じゃあ早めに、あんたをもう一度あそこに連れていこっか」
ぽつりとそう言って、オルガはふっと息を吐いた。
まるで、ひとつ決心をつけたかのように。
机の上、種は静かにその輝きを保っていた。