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花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜  作者: ソニエッタ
<最終章>お花屋さんと森の記憶

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エイミル村

「騎士様方、こんな遠くまで来ていただき感謝しております」



オルガたち一行は、長く続いた森の道をようやく抜け、エイミル村の入り口へと辿り着いた。

湿った空気と血の匂いが染みついた旅路の果てに、ようやく視界に開けた小さな集落。

その瞬間、誰もがほんの一瞬だけ息をついた。


ここまでの道のりで、数えきれないほどの高位魔物を討ち倒してきた。

戦いのたびに新米騎士たちの手は震え、顔は恐怖に引きつっていたが、

今、彼らの表情には疲労と共に確かな自信が宿っている。


「まぁ、なんて騎士様素敵なのかしら!」

「冒険者の方たくましいわぁ」


村娘たちの黄色い声援と、憧れの眼差しをうけて彼らもまんざらではない。

そんな彼らを魔法師セフォラは横目にちらりとみて舌を鳴らす。


「ここの村の女の子たち、目がついてるのかしら?あんな脳筋たちのどこがいいんだか、ねえ?オルガさんもそう思うよね?」


オルガが返答に困り顔で視線を泳がせると、レオニダスの前に若い女を連れた村長が現れた。


「副団長様、どうぞ我が家をご利用ください。娘のアマンダを傍に置きますので、必要なことがあれば遠慮なく――」




アマンダは燃えるような赤い髪を揺らし、整った顔立ちでレオニダスを見上げ、少し頬を染めながら微笑む。

その仕草には、ただ礼を尽くす以上の意味が込められているようだ。



レオニダスはアマンダの視線に気づかず、淡々と口を開く。


「村長、助力はありがたい。だが、傍仕えは結構だ」



アマンダは少し戸惑いながらも、笑顔を崩さず深く会釈する。その隣で村長は微笑みを浮かべ、娘の肩に軽く手を置き、あくまで表向きは礼儀正しく振る舞った。




「オルガ、セフォラ!お前たちもこい」




セフォラは横目で様子を窺い、内心で「……ああ、全く気づいてないな」と呟く。


レオニダスの無自覚さが、場の緊張感と村長の思惑をより浮き彫りにしていた。




村長の屋敷は、木の香りが漂う落ち着いた造りだった。暖炉の火が穏やかに揺れ、長旅で冷えた体をじんわりと温めてくれる。

村人たちはそれぞれ、彼らのために寝床や食事を用意し、外では焚き火の準備が進んでいた。



レオニダス、マッシモ、オルガ、セフォラ、そして数人の騎士たちは、村長の屋敷で休息を取ることになった。

長い道のりの疲れを癒すように、皆それぞれの時間を過ごす。




オルガは部屋の隅で、生成本を膝にのせてページをめくっていた。紙の上に記された古い文字が淡く光り、窓の外から入る夕陽と重なって金色に輝く。



「副団長がいつも怖い顔してるから、なかなか話しかけられなかったんですよ」


声をかけてきたのは、騎士団の小隊長ロイだった。


小隊長とは思えないほど柔らかな雰囲気の男で、にかっと笑うと、オルガの隣にしゃがみこんだ。



「体力の実、すっごく助かってます」


「あの実、怪我とか疲れたときに役立つよねー」


そう言ってオルガは手のひらを広げる。


光がふわりと集まり、やがて小さな赤い種がそこに現れた。



「うわっ、すげぇ!」


ロイは驚きの声を上げ、目を丸くする。

その反応が嬉しくて、オルガは少しだけ微笑んだ。



「この種、何かあったときは魔物に投げて。守ってくれるよ」


「え、そんな便利アイテムありがたい!絶対大事にする!」



ロイは真剣な顔で種を懐にしまいこむと、ふと窓の外を見て声を上げた。


「お、あれ……副団長、もう鍛錬してる」




オルガもつられて窓の外に目を向ける。

庭では、レオニダスが剣を振るっていた。


夕暮れの光を受け、鋭い刃が風を切るたびに銀の軌跡を描く。

その姿は、オルガの家で見たいつもの光景だった。


彼がそこにいるだけで、不思議と心が落ち着く。




けれど今日は、少し違った。

レオニダスの傍らには、村長の娘アマンダがいた。

彼に布と飲み物を手渡し、笑顔で何かを話している。



「なあ、オルガさん」


ロイがからかうように笑う。


「あの娘さん、副団長にずいぶん積極的だな。……オルガさん、気にならないのか?恋人なんだろ?」




「えっ? あ、ううん……その……」




オルガは曖昧に笑い、視線をそらす。

心臓が、痛い。

きゅっと掴まれたように。




(なんとも思わない……わけ、ないよ)




でも、“恋人”って呼べる関係じゃない。

気づけばそばにいる、


けれど、「好きだ」なんて言葉は一度も聞いたことがない。


(私たちって……なんなんだろう)




窓の外では、レオニダスの剣が再び空を裂いた。

その音が、やけに胸の奥に響いた。



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