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花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜  作者: ソニエッタ
<最終章>お花屋さんと森の記憶

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討伐遠征

街はいつになく賑わいを見せていた。


ここ最近、魔物の増加や寄生花の事件で怯えていた人々も、今日だけは違う。

これから国を守るために旅立つ騎士や冒険者たちを見送ろうと、朝早くから人々が城下の通りを埋め尽くしている。


行商人は焼き菓子を配り、子どもたちは花を手にして兵たちの前に駆け出す。

その光景に、久しく失われていた希望の灯がほんの少し戻ったようだった。


城門前では、皇太子アルデバランをはじめ、騎士長ルーカス、魔法師団長ゼーレ、そして城勤めの者たちが一列に並び、出発を見届けている。


朝の冷たい風の中に、緊張と誇りが静かに混じっていた。


「レオニダス、オルガ……頼んだぞ」


ルーカスの声はいつになく低くそして静かだった。その眼差しの奥には言葉にしきれぬ思いがある。


「本当は俺も一緒に行きたいが……私情で城を離れるわけにはいかないからな」


彼の心には、ずっと行方の知れない妻・ライラの面影がある。

オルガが向かう先、精霊樹のある場所に彼女がいるかもしれない、そんな少しの希望の光がほんのわずかに彼の胸を疼かせる。


それでもルーカスは首を振り己に言い聞かせる。


(……今、俺が守るべきはこの国だ)


スタンピードが起これば、隣国エストラーデが必ず動く。


帝都を空けるわけにはいかない。

それが彼の立場であり、誇りだった。



皇太子アルデバランは一歩前へ出ると、二人を真っ直ぐ見据えた。


「お前たちが帰る場所は私たちが守る。安心して行け」


その言葉に、レオニダスは無言で深く頭を下げ、オルガは静かに微笑んだ。




遠征の鐘が鳴り響く。

見送る人々の声が、朝の空に広がっていった。

城門がゆっくりと開かれると、冷たい朝の風が吹き込み、旗が音を立ててはためく。


先頭に立つのは、帝国騎士副団長レオニダス。

いつもどおりの堅苦しい仏頂面と、背には黒いマント腰には長剣。

その姿は、まるでひとつの鋼鉄の意志そのものだった。


「……いよいよだな」


レオニダスの声は静かだったが、どこか柔らかい。


「うん。でも、不思議と怖くない」


オルガは微笑んで、空を見上げた。

朝焼けの向こうには、淡く白い羽が一枚、風に乗って舞っていた。


レオニダスは短く頷くと、周囲を見渡した。数十名の騎士、冒険者、魔法師たちが列をなし、準備を整えている。

彼らの表情には緊張と、そして確かな覚悟が宿っていた。


冒険者ギルド長マッシモが馬上から声を張り上げる。


「目的はただ一つ! スタンピードを食い止め、全員で帰還することだ!」


その言葉に応じて、冒険者たちの声が一斉に上がる。


「応ッ!」


地面を蹴る音が響き、馬蹄が土を叩く。

列がゆっくりと進み出し、王都の大通りを抜けていく。



人々は手を振り、花を投げ、名を呼んだ。


オルガはその一つひとつに微笑みで応えながら、心の中で静かに祈る。




——どうか、みんなで無事に帰れますように。


——そしてあの場所へ辿り着けますように。




彼女の願いは、白い羽と共に朝の空へと舞い上がっていった。






*****



一行は帝都を抜け、どこまでも続く草原を進んでいた。陽の光が金色に草を照らし、風が通り抜ける音だけが耳に残る。


ここだけ見れば、まるで世界が平和そのもののようだ。だが、この先に広がる森の奥では、確実に何かが蠢いている――。


レオニダスの馬に同乗するオルガの姿を見つけると、魔導師セフォラは小さく舌打ちし、愛馬の手綱を軽く引いた。

ぐい、と距離を詰めると、挑発的な笑みを浮かべて声をかける。


「オルガさんと同じ馬に乗る必要ありますぅー? 公私混同してるんじゃないんですかー?馬車もあるし、それにオルガさんは私の馬に一緒に乗った方が軽くて馬も喜ぶと思うんですけどー?」


その声に、オルガは思わず肩をすくめる。


レオニダスはちらりとセフォラに視線を送ったが、まるで彼女がそこに存在しないかのように前を向き直った。


「……公務中だ」


短く、それだけ。


しかし次の瞬間、彼はオルガの腰に回していた腕の力を、ほんの少しだけ強める。


「……無視!? ねぇ、聞いてますー!?」


セフォラが頬を膨らませたその時、隣を並走していたマッシモが穏やかに笑った。


「セフォラ嬢よ、そういじめなさるな。レオニダスはここのところ遠征の準備で忙しくて、オルガに会えてなかった。こうでもせんと、堂々と抱きしめる口実もなかろうて」


「なっ……!」


オルガは顔を赤らめ、レオニダスは無言のまま前だけを見ている。草原を渡る風の音に、仲間たちの笑い声が小さく混じった。







——やがて、草原の向こうに森の影が見え始める。




遠くから吹き抜ける風がひんやりと冷たくなり、馬たちが小さく鼻を鳴らした。さっきまで笑い声に包まれていた一行の中に、言葉にならない緊張が静かに満ちていく。


「……ここからが本番だ」




レオニダスが低く呟く。


その声を合図にしたように、森の奥で何かがかすかに鳴いた。


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