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花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜  作者: ソニエッタ
<最終章>お花屋さんと森の記憶

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討伐遠征前夜

ここ数日、遠征前の静けさが街全体を包んでいた。


オルガは寝台の上で、マルタから受け取った編み紐の腕飾りを指先で弄びながら、窓の外の月を見上げていた。

レオニダスは最終討伐前の調整で忙しそうにしており、ギルドで会って以来、姿を見ていない。


柔らかな月光が白いカーテンを透かし、部屋の中に淡く流れ込んでいる。



「……いよいよ明日かぁ」


生成本と、準備した種や実を見つめながら、オルガは小さく息をついた。


これさえあれば、数ヶ月はきっと乗り越えられる。

そう自分に言い聞かせ、ゆっくりと瞼を閉じた。




すぐに、意識は深く沈んでいく。







気がつくと、そこは見たことのない場所だった。

夜のように暗いのに、どこか温かく明るい。

地面には透明な花々が咲き乱れ、踏みしめるたびに金色の粉がふわりと舞い上がる。




(……夢?)




風が吹き抜け、花びらが揺れた。

その中で、一羽の白いカラスがゆっくりと降り立つ。

羽の先が淡く光り、オルガをまっすぐ見つめている。




「……あなた、もしかして――」




声をかける前に、カラスは一度羽ばたき、森の奥へと飛んでいった。


その姿を追うように、オルガは無意識に歩き出す。

足元には水のような光が流れ、遠くから誰かの声が響いた。



「オソクナッテ……ゴメンナサイ」



オルガは立ち止まる。


その声は、優しくも悲しげで、胸の奥に沁みるようだった。



「……スグニ導ケナカッタ……ワタシハ……精霊樹ニ……チカラヲ分ケテイタノ……枯レソウデ……死ニソウデ……」



カラスの姿がゆらりと揺らめき、光の粒となって散っていく。


それでも声だけは、風に混じって届き続けた。



「アナタノ種ハ……優シク、強イ。ワタシハ……ソレニ救ワレタ……」



ふわりと、一枚の白い羽が舞い降りる。


手のひらに落ちたそれは、淡い光を放ちながらゆっくりと溶けていった。



「……ミンナアナタヲ待ッテル」



その言葉とともに、世界がまばゆい光に包まれた。






はっと目を覚ます。


寝台の上。


月光がまだカーテンの隙間から流れ込み、部屋の中を淡く照らしていた。

夢の余韻がまだ頭の中に残っていて、どこか現実の輪郭がぼやけている。




「……夢?」




小さく呟いて、オルガはゆっくりと起き上がった。


胸の鼓動が、まだ早い。

額にかいた汗を拭いながら、ふと手のひらを見つめる。


そこには――白い羽が一枚。


月の光を受けて淡く光り、指の間から静かに零れ落ちた。



「……やっぱり……夢じゃなかったのかな」



羽はオルガの胸元に落ちると、すぐに消えてしまった。

白いカラスの声が、まだ耳の奥で響いているような気がする。



「今度こそ導クヨ……」



その言葉を思い出すと、不思議と恐怖よりも安堵が勝った。あのカラスは、ずっと自分のそばにいてくれた。

気づけなかっただけで、見守ってくれていたのだ。



(……あの子が、精霊樹を守ってたんだね)



そっと胸に手を当てる。

温もりが、じんわりと広がっていく。




「……うん、大丈夫。行ける気がする」




小さく、けれど確かな声でそう呟いた。

今までにない安心と決意が、心の底から湧き上がってくる。




窓の外では、薄い雲の切れ間から満月が顔を出していた。

銀色の光がオルガの横顔を優しく包み込み、

その瞳の奥に宿った光は、まるで新しい夜明けを映すように静かに揺れていた。


そして――静かに、遠征前の夜は更けていった。


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