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花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜  作者: ソニエッタ
<最終章>お花屋さんと森の記憶

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約束の腕輪

「今回の魔物討伐は、ここから北の森を抜け、エイミル村を目指します。

この一帯では高位魔物の出現が相次いでおり、スタンピード発生の危険が高い」




レオニダスの低く引き締まった声が、冒険者ギルドの会議室に響く。


壁一面に貼られた地図には、赤い印で危険地帯が記されていた。


剣の柄を叩く音、鎧の擦れる音、誰もが緊張を胸に、次の言葉を待っている。




「討伐の中心部隊は騎士団が担いますが、――森の奥は地形が複雑です。

地理と魔物の習性に詳しい冒険者の協力が不可欠なので、皆さんよろしくお願いいたします。

ギルド長マッシモの指揮のもと、前衛・索敵・回復の三部隊に分かれて行動しましょう」




一拍置いて、レオニダスの視線が鋭くなる。




「そして――オルガも同行してもらいます。彼女には補助を任せ、直接戦闘には加わらない。……ですが、彼女を守るのはこの場にいる全員の責務だと思ってください」




一瞬、室内がざわめいた。


しかしそれは不満の声ではない。


むしろ安堵と覚悟が混じり合ったような、静かな熱だった。




「……寄生花の時、オルガがいなきゃ俺たちは全滅してた」


「命を拾われた恩、返す時だな」


「嬢ちゃんを守れるなら、それで充分だ!」




笑い混じりの声がいくつか上がる。


その空気に、オルガは頬を少し染め、視線を落とした。


レオニダスはそんな彼女をちらりと見やり、口元をわずかに引き締める。




「任務は明確です――スタンピードを阻止し、誰一人欠けずに帰還すること」




その言葉が重く空気を打ち、部屋に沈黙が広がる。次の瞬間、全員の視線と意志がひとつになった。



******





会議が終わると、レオニダスとオルガはギルド長マッシモの執務室に移動した。


いつも受付で冒険者たちを捌いているミーナが、珍しく時間が空いたのか、香り高いハーブティーを三人の前に置く。



ミーナの恋人—S級冒険者カエサルも魔物討伐遠征に参加するのだが、心配する様子もなくいつも通りだ。




「……なるほどな、精霊樹へ案内してくれる、その“つかい”とやらは見当がついてるのか?」


マッシモは、オルガから一通り、かつての側妃エメリナから聞いた話を聞くと、興味深そうに顎に手を当てる。




オルガはカップを両手で包みながら、少し考えるように首を傾げた。


「ついてるような、ないような?」




かなり前から自分の近くに付かず離れずいる“あの子”しかいない気がしている。


けれど、姿を見せてはいるのに肝心の場所へは決して導かれない――その矛盾が、オルガの心に迷いを残していた。




「そもそも、魔物の異変はセオドルが精霊樹に何かしたのが原因と考えるのが妥当なので、一番異変が報告されている今回の討伐地のどこかに、その場所に行ける何かがあるかもしれないと考えています」




レオニダスが淡々と補足する。


本来なら“精霊のつかい”が別次元にある精霊樹へ導くのだろう。だが、セオドルが何か干渉したことによって、その“つながり”に支障が起きている――レオニダスの推測だ。




「とりあえず行ってみてから、また考えるよー」


オルガの気の抜けた返事に、マッシモは小さくため息をつく。




その時、執務室のドアから控えめなノックの音が響いた。




「入っていいぞ」




扉が開くと、マルタが嬉しそうに顔を覗かせた。




「オルガさん!こちらに来てるってミーナさんから聞いて、いてもたってもいられず来ちゃいました!」




寄生花に寄生されて眠っていた頃よりも健康的に頬が色づき、柔らかな笑顔が咲く。


オルガも思わず立ち上がり、マルタの手を取った。




「ミーナがね、マルタが採取した薬草はどれも完璧だって褒めてたよ!冒険者たちに教えてあげてほしいってさ」


「えー!まだ教えるなんてできませんよー、私まだ新米ですよ!」




開け放たれた扉の向こう、ギルドの荒々しい男たちが二人のやり取りを見て苦笑している。


硬い空気が和らぎ、まるで喫茶店のような穏やかな空気が流れた。




「今日はオルガさんに渡したいものがあって来たんです」




マルタは肩から下げている小さな袋を探ると、色とりどりの糸で編まれた短い紐を取り出す。


陽の光に反射して、まるで小さな虹のように輝いた。



「……きれい。これ、腕輪?」



「はい。私の村ではお守りなんです。家族や大切な人に渡すもの。

私は討伐には行けませんけど……そのかわり、これを持って行ってほしくて」




オルガはゆっくりと腕輪を受け取ると、胸に抱きしめた。


その瞳に映るのは、確かな絆と、これから向かう道への小さな勇気。



「うん……ありがとう、マルタ。ちゃんと持っていくね」




オルガの言葉に、マルタは満面の笑みを浮かべた。


窓の外、夕陽がギルドの壁を黄金に染め、戦いの前の静かな時間を優しく包み込んでいた。



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