光は根を枯らす
城内――封印結界で守られた、寄生花に侵された者たちの隔離室。
その重い扉が、突如として大きな音を立てて開かれた。
「えっ、オルガ? どうしたの、そんなに慌てて」
寄生者の生命維持を担っていた魔法師団員、セフォラが驚きの声を上げる。
だがオルガは返事もせず、一直線に奥のベッドへ向かった。
そこには、寄生花の最初の犠牲者――マルタが静かに横たわっている。
「……少し痩せちゃってる」
オルガがぽつりと呟くと、セフォラが沈んだ声で答えた。
「魔法で生命を保ってはいるけど、眠ったまま、何も口にできないから……」
その言葉に、オルガは一瞬だけ表情を歪めたが、視線はマルタから離さない。
「……セオドルの持ち物に、寄生花の主核があったの。それを壊した……だから、これで皆に寄生してる花を枯らせるはず……たぶん」
自分に言い聞かせるような声でそう告げると、オルガはセフォラの目をまっすぐに見た。
セフォラはわずかに目を見開き、そして頷いた。
オルガは深く息を吸い、マルタのこめかみに両手をかざした。そこは寄生花の根が脳を包み込むように張り巡らされている場所。
「……主核はもうない。あとは……私の力で枯らすだけ」
自分に言い聞かせるように低く呟き、エルバの力を解き放つ。薄緑の光が指先から広がり、見えない根へと染み込んでいく。
しばらくして、マルタの頭の奥から「パキッ」と小さな音が響いた。黒ずんだ細い蔓が額からうっすら浮かび上がり、瞬く間に萎れていく。
それはやがて砂のように崩れ、空気に溶けて消えた。
セフォラが驚きに息を呑む。
「……本当に……枯れていく……」
やがてすべての根が消え、マルタの表情は苦悶から解放され、穏やかな呼吸だけが残った。
オルガはそっと彼女の髪を撫でる。
「……もう大丈夫。これで、花はあなたを苦しめない」
マルタを救った後も、オルガは休むことなく次の寄生者へと向かった。眠り続ける寄生者たちの頭に両手をかざし、エルバの光を注ぎ込む。
根は次々と腐り、枯れ、消えていく。
「……次の人を」
セフォラの声に導かれ、また一人、また一人と救っていく。
額には汗が滲み、指先は痺れて感覚が薄れていった。
それでも、止まるという選択肢はなかった。
「これで最後の寄生花……」
花の根を断ち切った瞬間、オルガの膝がわずかに揺らぐ。
そのとき、扉が勢いよく開いた。
「オルガ!」
駆け込んできたのは、セフォラから連絡を受けて急いだレオニダスとルーカスだった。
二人の姿を見た瞬間、オルガの表情がふっと緩む。
安堵の笑みが浮かび、そのまま力が抜けていく。
「……間に合って、よかった……」
小さく呟き、意識を手放すオルガを、レオニダスが素早く抱きとめた。
ルーカスは寄生者たちが解放されているのを確認し、静かに息をつく。
「よくやった……本当によくやった」
レオニダスの腕の中、オルガの呼吸は穏やかだった。
その小さな体が、確かな使命を果たした証のように温かかった。
そして、静寂が戻った隔離室には、もう黒い花の匂いは一片も残っていなかった。




