寄生花の核
オルガは、静まり返った執務室で一人、思考を巡らせていた。机の上にはセオドルの遺留品―破れかけた紙切れと、小さな瓶。
紙を広げ、指先で記号の列をなぞる。
それは文字のようでありながら、どこか植物の蔓が絡み合うような曲線を描いていた。
「……生成本なしで、ここまで組み立てられるなんて」
小さく吐き出す言葉には、ほんのわずかな感嘆が混じる。
もしセオドルが、自分のように幼い頃から生成本を与えられ、力を正しく磨いていれば―
優れたエルバの使い手になっていたかもしれない。
そんな考えを振り払い、オルガは記号を一つひとつ順に並び替えていく。
やがて浮かび上がったのは、驚くべき事実だった。
「……これ、“作り方”じゃない」
瞳が鋭く光る。
それは、寄生花を増やすための手順ではなく―
「……寄生花同士を、一本の根のように繋げるための呪文」
その意味を理解した瞬間、背筋に冷たいものが走った。
繋がることで、無数の花を一つの意志で動かせる。
枯れずに無限に、寄主を操り続けられる…
その“意志”の中心がどこかにあるはずだ――そう思った瞬間、彼女の視線は自然と机の端に置かれた小瓶へと向いた。
小瓶の底で、黒い種がひとつ、微かに揺れている。
オルガは瓶を両手で包み、エルバの力を流し込んだ。
瓶の表面に、淡い光を帯びた紋様が浮かび上がる。
その紋様は、紙の記号とぴたりと重なった。
「……やっぱり。これが“核”……主種」
寄生花を繋ぐすべての根は、この種を通っていた。
これを正しく封じ、解き放てば――全てを一度に枯らすことができる。
だが封印は複雑だった。
呪文を誤れば、繋がった花が一斉に暴走するだろう。
オルガは紙を握り直し、静かに息を整えた。
「……やるしかない」
紙切れを机に広げ、小瓶をその中央に置いた。
紙に描かれた記号の順を、何度も何度も頭の中で並べ替える。
手がわずかに震えているのは、寒さではなく、失敗すれば全てが終わるという緊張のせいだった。
「……順番はこう、力の流れは逆……」
呟きながら、左手で瓶を押さえ、右手の指先から淡い光を滲ませる。
光は瓶を覆い、刻まれた紋様に沿ってゆっくりと流れ始めた。
その瞬間――
カツン、と瓶の中の種が小さく跳ねた。
黒い表面が、まるで心臓の鼓動のように脈打っている。
「……お前はまだ、主を失ったことに気づいてないのね」
オルガは紙の最後の一行――解呪の鍵となる符号へと手を伸ばす。
記号を空中に描くように指先でなぞると、瓶の中の種の色がじわりと褪せていく。
だが――
「……っ!」
褪せていた色が、逆に一瞬で濃くなり、黒から深紅へと変わった。
種が瓶の中で暴れ、まるで何かを訴えるように振動を強める。
(……抵抗してるの……?)
頭の奥に、低い声が響いた。
――“誰だ”
――“なぜ繋ぎを断とうとする”
オルガは歯を食いしばった。
「……全部……枯らす!」
エルバの力を一気に流し込む。
紙の記号と瓶の紋様が完全に重なった瞬間、甲高い音が部屋に響き、瓶全体が眩い光に包まれた。
次の瞬間――
種は、跡形もなく灰となり、瓶の底に静かに積もった。
オルガは深く息を吐き、机に両手をついた。
「……繋がりは断ち切った。これで寄生花は、ひとつずつ取り除ける」
その声には静かな確信があった。
「逃げられないよ、セオドル。あなたの花は、私が全部摘み取る」
迷いのない瞳が、決意の炎を宿す。
次の瞬間、オルガの身体は風のように動き出した。
廊下を駆け抜ける足音が、静まり返った城内に響く。
向かうのは――最初の犠牲者、マルタの元へ。




