表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜  作者: ソニエッタ
先生がお花屋さん

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/94

寄生花の核

オルガは、静まり返った執務室で一人、思考を巡らせていた。机の上にはセオドルの遺留品―破れかけた紙切れと、小さな瓶。


紙を広げ、指先で記号の列をなぞる。


それは文字のようでありながら、どこか植物の蔓が絡み合うような曲線を描いていた。


「……生成本なしで、ここまで組み立てられるなんて」


小さく吐き出す言葉には、ほんのわずかな感嘆が混じる。


もしセオドルが、自分のように幼い頃から生成本を与えられ、力を正しく磨いていれば―

優れたエルバの使い手になっていたかもしれない。


そんな考えを振り払い、オルガは記号を一つひとつ順に並び替えていく。


やがて浮かび上がったのは、驚くべき事実だった。


「……これ、“作り方”じゃない」


瞳が鋭く光る。


それは、寄生花を増やすための手順ではなく―


「……寄生花同士を、一本の根のように繋げるための呪文」


その意味を理解した瞬間、背筋に冷たいものが走った。


繋がることで、無数の花を一つの意志で動かせる。

枯れずに無限に、寄主を操り続けられる…


その“意志”の中心がどこかにあるはずだ――そう思った瞬間、彼女の視線は自然と机の端に置かれた小瓶へと向いた。


小瓶の底で、黒い種がひとつ、微かに揺れている。

オルガは瓶を両手で包み、エルバの力を流し込んだ。


瓶の表面に、淡い光を帯びた紋様が浮かび上がる。

その紋様は、紙の記号とぴたりと重なった。


「……やっぱり。これが“核”……主種」


寄生花を繋ぐすべての根は、この種を通っていた。


これを正しく封じ、解き放てば――全てを一度に枯らすことができる。


だが封印は複雑だった。


呪文を誤れば、繋がった花が一斉に暴走するだろう。



オルガは紙を握り直し、静かに息を整えた。


「……やるしかない」


紙切れを机に広げ、小瓶をその中央に置いた。

紙に描かれた記号の順を、何度も何度も頭の中で並べ替える。


手がわずかに震えているのは、寒さではなく、失敗すれば全てが終わるという緊張のせいだった。


「……順番はこう、力の流れは逆……」


呟きながら、左手で瓶を押さえ、右手の指先から淡い光を滲ませる。


光は瓶を覆い、刻まれた紋様に沿ってゆっくりと流れ始めた。


その瞬間――


カツン、と瓶の中の種が小さく跳ねた。

黒い表面が、まるで心臓の鼓動のように脈打っている。


「……お前はまだ、主を失ったことに気づいてないのね」


オルガは紙の最後の一行――解呪の鍵となる符号へと手を伸ばす。


記号を空中に描くように指先でなぞると、瓶の中の種の色がじわりと褪せていく。


だが――


「……っ!」


褪せていた色が、逆に一瞬で濃くなり、黒から深紅へと変わった。


種が瓶の中で暴れ、まるで何かを訴えるように振動を強める。


(……抵抗してるの……?)



頭の奥に、低い声が響いた。


――“誰だ”

――“なぜ繋ぎを断とうとする”




オルガは歯を食いしばった。


「……全部……枯らす!」


エルバの力を一気に流し込む。


紙の記号と瓶の紋様が完全に重なった瞬間、甲高い音が部屋に響き、瓶全体が眩い光に包まれた。




次の瞬間――




種は、跡形もなく灰となり、瓶の底に静かに積もった。

オルガは深く息を吐き、机に両手をついた。


「……繋がりは断ち切った。これで寄生花は、ひとつずつ取り除ける」




その声には静かな確信があった。


「逃げられないよ、セオドル。あなたの花は、私が全部摘み取る」




迷いのない瞳が、決意の炎を宿す。


次の瞬間、オルガの身体は風のように動き出した。

廊下を駆け抜ける足音が、静まり返った城内に響く。



向かうのは――最初の犠牲者、マルタの元へ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ