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花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜  作者: ソニエッタ
先生がお花屋さん

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根を張る影


第五監視塔――




焼け焦げた木材と石材が崩れたまま、むき出しの地面からは今なお、かすかな黒煙が立ち上っていた。


「……ひどいな」


レオニダスが眉をひそめ、焦土の上に跪いた。灰の中には焼けた兵装や、溶けかけた金属片がいくつも転がっている。

そのどれもが、逃げる暇すらなかった証だった。



オルガは何も言わず、焦げ跡の中心に足を踏み入れた。

しゃがみ込むと、指先で灰の下をまさぐり、小さな“種殻”を拾い上げる。

半分炭になったそれは、触れた瞬間、かすかに脈動した。


「……まだ生きてる。」


その時だった。




――カジャン、カジャン。




金属の擦れるような、乾いた音。


二人の背後から、ゆっくりと、それは近づいてきた。




「……!」


レオニダスが即座に剣を抜く。


「構えろ、来る!」


焼け焦げた瓦礫の影から現れたのは、数名の男たち。


彼らの姿には見覚えがあった。第五塔に常駐していた騎士たち。


だが、その目は……人のものではなかった。


虚ろに見開かれた瞳孔、焦点の合わぬ視線。


口元には笑みのような歪みが浮かび、焼けた鎧を纏ったまま、静かに剣を抜く。


オルガが低く呟く。


「もう、生きてない…」




一斉に動いた。


重たいはずの鎧をものともせず、狂ったような速度で突進してくる。


理性の欠片も感じられない。


レオニダスが前へ出る。鋭く一閃、迫る一体の剣を受け止める。


「花が死体を操っているのか……!」




後方でオルガが腰のポーチから一粒の青白い種を取り出した。


その掌にのせたまま、静かに息を吐く。


「鎮静の種……眠って」


彼女はそれを強く握り、砕いた。




ぱん、と乾いた破裂音とともに、青白い光が風のように広がる。


やさしい波が空気を揺らし、突進していた騎士たちの動きが一瞬、緩んだ。




――バタッ。




ひとり、またひとりと、その場に崩れ落ちていく。


暴れることも叫ぶこともなく、まるで糸が切れた操り人形のように。




静寂。




灰と煙だけが、再び辺りを包んだ。




オルガは肩で静かに息を吐きながら、瓦礫の隙間に目を凝らした。


小さく、かすかに、地面が揺れていた。


「……まだ、生きてる?」


焦げた木材をそっとかき分けると、崩れた石柱の影に、一人の騎士が倒れていた。


鎧は黒く焼け、腕は不自然な角度に折れている。それでも男はわずかに体を動かし、喉の奥から濁った声を漏らした。


「……ッ、あぁ……」


オルガはすぐにしゃがみ込み、男の顔をのぞき込んだ。


「動かないで、もう安全よ。あなた……意識はある?」


男の目が、かすかに動いた。濁ってはいたが、確かに焦点が揺れている。




「……見た……塔に……黒いローブの男が……」




その声に、背後で警戒していたレオニダスがぴくりと反応する。


「来たのか、奴が……!」


「目が……光ってた……あの目……笑って……おれたちを……」


男は額に震える指を伸ばし、そこに触れた。



「……何かを、埋めたんだ……ここに……熱くて、焼けるようで……身体が動かなくて……頭の中が……」



声が徐々に途切れ、男の身体から力が抜けていく。


オルガは唇をかみ、そっとその手を握った。



「……ごめんね。間に合わなかった……」



男の目から光が消えた。


しばらく、誰も動かなかった。





レオニダスが静かに言った。


「……一度、城へ戻ろう」




オルガはゆっくりと顔を上げ、炭となった種を見つめたまま、小さく頷いた。


その瞳には、悔しさも悲しみもあったが──それ以上に、静かな怒りが宿っていた。




何も言わず、二人は焼け跡に背を向けた。







*****




薄明の光がステンドグラス越しに差し込む広間。魔法師団長ゼーレが十字の魔法陣に手をかざすと、銀の光が弾けるように広がった。




「全員、外へ出るな!ここで検査する!今すぐだ!」


声は冷たく鋭く、返事を待たない。


魔法師たちが素早く陣を複数展開し、次の者を呼ぶより早く、光を当ててゆく。

騎士たちも空気を察し、誰かが動けば即座に抑える構えで周囲を囲んだ。



「そこの三人、こっちだ。順に入れ」


「立て。光に入れ。次」


「反応あり! 囲め!」



光が一瞬脈打ち、ざわりと空気が揺れた。



魔法陣の上にいたのは、近衛騎士。




「動くな」


ゼーレがすでに指を鳴らしていた。光が騎士全身を包み、左腕に小さく波が走る。



「袖を裂け」


騎士が短剣で切り裂くと、黒ずんだ種片があらわになった。肉に沈み、根のように静かに伸びている。


ゼーレの声が低く落ちる。


「……額ではない。埋める手間を惜しんだか、それとも急いでいたのか」



「奴は皇帝の私室にも出入りしていた!」


ルーカスの怒声が広間に響く。だがゼーレは動じず、静かに言い放つ。


「まだ操られてはいない。だが、時間の問題だったな」


ゼーレの視線が、まっすぐに皇太子アルデバランへ向けられる。


「敵は――すでに城内に…」


短い沈黙ののち、アルデバランが口を開いた。




「ならば――迎え撃つまでだ」

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