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花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜  作者: ソニエッタ
先生がお花屋さん

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ギルドの変化

オルガとレオニダスが冒険者ギルドの扉をくぐると、ギルド内は熱気に満ちていた。


ざわめき、怒号、笑い声、金属の音――

活気というより、もはや喧噪に近い。


「すごい人……」


オルガが目をぱちくりさせる。


「最近、他所から流れてくる冒険者が急増してるそうだ。魔物の異常発生は各地で報告されているが、この辺りの個体は特に危険度が高いらしい」


レオニダスは周囲に目を配りながら静かに言った。


「騎士団だけじゃ対応しきれないもんね。こうして冒険者が来てくれるのは、ありがたいかも」


そんな会話のさなか、カウンターの方から聞き覚えのある声が響いた。


「おーい、オルガ嬢!」


「カエサル!」


オルガが笑顔で手を振り、雑踏をかき分けて向かう。


そこに立っていたのは、筋骨隆々のS級冒険者・カエサル。見るからに場慣れした様子で、軽く片手を上げた。


「いやー、こっちは戦場みたいだぞ。強ぇ魔物が出てるって話が広まって、一攫千金狙いの連中がわんさか集まってきてな」


「こんなに人が多いの初めて見たよ」


「このままだと、討伐の地域差が出ちまう。ギルド長ともそのへん話してるんだが、頭が痛いぜ。ミーナの機嫌も最悪でな」


苦笑しながらそう言うと、カエサルの視線がふと隣のレオニダスに向かう。


「ん?……おやおや、見覚えのある顔がいるじゃねぇか。お貴族様が、こんなむさくるしい場所で何を?」


「……貴族?」


オルガが首をかしげる。


「まさか、レオニダスって貴族だったの!?」


「お前、ホント何も知らねぇんだな」


カエサルは呆れたように笑った。


「騎士団には平民も入れるが、推薦状が必要だ。並の平民じゃ門前払いだし、近衛隊に至っては貴族限定だ。副団長って肩書きは、それなりの家がなきゃなれねぇよ」


「そっかー……あ、薬草の取り方を教えてあげたロレンツォとエンリケも、そんなこと言ってたかも?」


ずっと黙っていたレオニダスが、ようやく口を開く。


「……魔物の前では、貴族も平民も関係ない。生き残るのは…戦える者だけだ」


その一言に、場の空気が一瞬引き締まった。

カエサルが口元をニヤリとゆがめる。


「ま、そういうことだな。口より腕がモノを言うってこった」


オルガがレオニダスを上から下まで眺めると、首を傾げる。


「料理も掃除も上手な貴族っていたんだね…」


「ん?」


カエサルがニヤつきながら目を細める。


「おやおや、オルガ嬢、やけに詳しいじゃねぇか?」


その言葉にオルガが口を開こうとした瞬間、レオニダスが一歩前に出て、淡々とした口調で割って入る。


「今、オルガと一緒に住んでいる」


……その一言が、空間の空気を見事に凍らせた。

騒がしかったギルドの喧噪が、ピタリと止まる。

周囲の冒険者たちが次々とこちらを向き、何人かは口にしていた酒を吹き出し、誰かのフォークが床にカランと落ちた。


カウンターの奥からこちらを伺っていたギルド長・マッシモが、たまらず歩み寄ってくる。


「……おいおい、聞き捨てならんぞ、レオニダス」


眉をひくつかせながら、苦い笑みを浮かべて三人を見渡す。


「騎士団はどうした?今日は非番か?」


「いや、非番ではない」


レオニダスは背筋を伸ばし、淡々と応える。


「寄生花の一件により、アルデバラン皇太子殿下より、オルガの護衛を直々に命じられている」


「……ふむ。直々、ねぇ?」


マッシモの眉がピクリと跳ねる。


「それで、“同居”の必要があるってか?公私混同にもほどがあるだろ」


「任務に最適な配置と判断した」


「ほら出たよ、融通きかない真面目なやつのやつー」


カエサルが頭をかかえながら笑う。

オルガはというと、なぜか得意げに頷きながら、


「ね?レオニダス、すっごく真面目なんだよ。食後に毎日床ふいてるし」


「それを大声で言うな」


レオニダスがわずかに眉を寄せたが、口調は変わらず冷静だった。



*****


マッシモにマルタのこと、そしてエメリナの件を一通り報告し終えると、オルガたちは冒険者ギルドを後にした。


「これからどうなるんだろう……魔物の増え方が前よりずっと激しくなってるよね?エメリナが言っていた『あの場所』が関係しているなら、早く見つけ出さなきゃ……」


不安と焦りを含んだオルガの言葉に、レオニダスは足を止めてゆっくりと振り返り、真剣な眼差しで彼女を見つめた。


「一人で抱え込むな。焦っても、ろくなことはない。何のために俺がいる?一緒に見つけ出そう」


その言葉にオルガはふっと肩の力が抜けるような安堵を感じた。

レオニダスを見返すと、胸の奥にぽっと小さな火が灯るように温かさが広がった。



出会ったばかりの頃は、無表情で真面目すぎて近寄りがたかった彼。

でも今では、オルガの前でさまざまな表情を見せ、たくさんの言葉で彼女の心を満たしてくれる。



「…ありがとう、レオニダス。すごく心強いよ」


言葉にしたオルガの瞳が、ほんの少し潤んだのをレオニダスは見逃さなかった。

彼はそっと微笑みを浮かべ、優しい声で告げる。


「そろそろ昼だ。市場に寄って、オルガの好きな鶏肉のソテーを買って帰ろう」


「やったー!久しぶりに食べられる!」


オルガの笑顔がぱっと輝く。




市場の入口に差し掛かると、突然オルガが鼻をひくつかせて足を止めた。


レオニダスはその様子に不審を抱き、周囲を見渡す。


「どうした?何かあったのか?」


「この匂い……エメリナの匂いと同じだわ。焦げた草と鉄の混ざったような匂い」



そう言い終わるか終わらないかのうちに、オルガは走り出した。




「おい、オルガ!待て!早まるな!!」


必死に叫びながらレオニダスが追いかける。

だが、市場の人混みが二人の間を遮り、距離はみるみる開いていく。



オルガの背中が、人波の向こうへと小さく消えていった。



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