静けさの中の灯
花に寄生され、操られていたマルタは、ひとまず魔法師団の預かりとなった。
ゼーレ師団長の判断で、複数の回復魔法と結界が施され、しばらくはその様子を見ることになる。
その帰り道。
面会を終えたオルガの足取りは、どこか重かった。
「……大丈夫か?」
迷いながらも、レオニダスは静かに声をかけた。
普段のオルガなら、どこかで笑ってみせる。けれど今は、その明るさが影を潜めていた。
「……うん。ちょっとね、考えなきゃならないことが多くて」
曖昧に返す声は、どこか遠くを見つめているようだった。
「エメリナが最後に言ってたこと……心当たりは?」
オルガはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと口を開いた。
「……もしかしたら。母さまと父さまが戻ってこない理由に……関係あるかもしれない」
その言葉に、レオニダスの目がわずかに揺れた。
それは、滅多に口にされることのない話題だった。
「五年前――母さまと父さまは『大切な場所が、何かおかしい』って言って……様子を見に行くって、それっきりなの」
静かに、けれどしっかりとした声でオルガは言った。
それは誰にも話さず、胸にしまっていた想いだったのだろう。
「……ということは、エメリナが話していた『大切な場所』と……オルガの両親が言っていた場所が同じかもしれないってことか…?」
レオニダスの表情が険しくなる。
そして彼の脳裏には、もうひとりの“行方不明者”の顔がよぎった。
五年前、同じ頃に失踪した帝国騎士――ライラ。
ルーカスが、決して口にしない最愛の人。
「……五年前、何があったんだ…?」
レオニダスがぽつりとつぶやくと、オルガは少し考えるようにして口を開いた。
「きっと……側妃さんが、その場所を誰かに話してしまって、何かが起きたのかもしれない」
「その場所は知ってるのか?」
「……知らない。ほんとは、母さまに教えてもらうはずだったの。『あの場所だけは、ちゃんと伝えるからね』って、そう言ってたのに……」
「手がかりのない場所を探すのか……」
レオニダスは軽く息を吐いて、次の言葉を絞り出す。
「とりあえず、アルデバラン殿下とルーカス団長に知らせる。異常な魔物の増加とも無関係じゃないはずだ。どこかで全部、繋がってる」
その言葉に、オルガはうなずくでもなく、ただ黙って空を見上げた。
空は澄んでいるのに、胸の内は晴れない。
「……私その場所へ、行かなきゃいけない気がするの」
オルガの声はかすれていたが、どこかに静かな決意が滲んでいた。
レオニダスはしばらく彼女の横顔を見て、少し柔らかい声で言った。
「だったら俺も一緒に行く。お前がどこに向かおうと、俺は……お前の隣にいたい」
驚いたようにオルガが彼を見た。レオニダスは視線を外さない。
「……護衛として、なんて言い訳はもうしない。俺がついていきたいから、行く。それだけだ」
一瞬、風が止まったような気がした。
オルガは何かを言いかけて、でも言葉にならず、ただ静かにうなずいた。
「……じゃあ、いっしょに行こ」
その小さな返事に、レオニダスの顔がふっと柔らかくなった。
「任せろ。お前が探す“その場所”も、“本当の答え”も、一緒に見つけてやる」
オルガはひとつ深呼吸をしてから、口を開いた。
「……そろそろ、帰らなきゃ。森の様子も気になるし」
「今から帰るつもりか?」
レオニダスの声が低くなる。視線はどこか鋭く、けれど心配そうでもあった。
「うん。馬車、用意してくれるでしょ? 大丈夫だよ」
「オルガ、命を狙われているかもしれないんだぞ……もう忘れたのか?」
「……忘れてないよ。でも……」
少しだけ、視線が揺れる。強がってはいるが、本当は不安なのだとわかる。
「今日は、城に泊まれ。騎士団の寮に。……そっちの方が、俺も安心できる」
その言い方が妙に真っ直ぐで、オルガは小さくまばたいた。
「……レオニダスって、ほんとに心配性だよね」
「お前が無茶するからだ」
くすりと笑ったオルガは、ふっと表情を緩めた。
「じゃあ、お言葉に甘えて泊まらせてもらう。森には、明日の朝いちばんで帰るよ」
「それでいい」
そのあと、レオニダスが騎士団寮の一室を手配し、温かい食事と毛布を届けた。
――ふたりはそれぞれの部屋に戻った。
けれど、心のどこかで、互いの気配を探しながら、静かに夜を迎えていた。
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ちょっとコメディー寄りの異世界転移ファンタジーです。
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