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花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜  作者: ソニエッタ
呪いの皇子と森の片隅のお花屋さん
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エルバの手

オルガが城を去って数刻後。

“沈黙の間”の扉には再び結界が張られ、外部との接触は断たれていた。


静けさを破るように、城の会議室に重い扉の音が響く。

集まっていたのは、帝国騎士団長ルーカス、副団長レオニダス、魔法師団長ゼーレ、そして皇太子アルデバラン。


 


「――帰ってしまったのか?」


騎士団長の声は、沈んでいた。


アルデバランの痩せた指が机の端を静かに叩いている。


 


「はい。曰く、まだだめだそうです。種を作り直すために森へ戻りました。」


答えたのは、レオニダスだった。

その声にも、釈然としない色がにじんでいる。


 


「全くもって不確かだな。何がだめなのか明確な答えはなかった」


「まあ、聞いたところによると少々マイペースで風変わりな少女らしいからな」


レーゼの言葉に茶化すように割り込んだのは、ルーカスだった。椅子にだらりともたれかかり、口の端だけで笑っている。


 


「ルーカス、おまえは以前から知っていたようだな。“エルバの手”とやらを」


重々しい声でそう尋ねたのは、魔法師団長ゼーレ。白銀の髪を揺らしながら、冷めた眼差しを芽に注いでいる。


 


「ああ。あの子を紹介したのは、ギルド長マッシモだ。『オルガ嬢に任せてみろ』って、珍しく強気な口ぶりでな」


 


「だが、あれは魔法ではない。結界を無効化した際の魔力の波長も、我々とは根本的に異なっていた。

魔法と分類するには、あまりに粗雑だ」


ゼーレは鼻で笑った。

長年魔法師団長として君臨している者としての目は、いまだ彼女を“半信半疑”のまま評価している。


 


「粗雑かどうかはともかく、

“ 精密”な魔力を持つ魔法師がかけた扉の結界を無傷で越え、だめだったとはいえ、何かしらの手応えを感じたことは否定できないぞ?それにあの部屋に入って皇子に近づいても何も感染しなかった」


 


ルーカスはテーブルを軽く叩くと、向かいのレオニダスに目をやる。


「それで、おまえはどう見た? 実物に会ってみて」


 


「……正直に言えば、最初は半信半疑でした。

花屋の店主。魔法師でも神官でもない。だが、彼女があの封印部屋に入った瞬間、空気が変わった。

腐った魔力が、少しだけ和らいだように感じた」


 


「気のせいだ」


ゼーレはぴしゃりと言い切る。だが、その声にはわずかに揺らぎがある。


 


「“エルバの手”というのは何ですか?魔法とは異なり、ボスコの民の血を引く者にしか使えない――ということしか知らないのですが、どういう力なのですか?」


レオニダスが問う。

その目にはわずかな希望が滲んでいる。


 


答えたのはルーカスだった。


 「ボスコの民というのは、森のどこかに住む一族。

精霊の末裔だと言われている伝説上の民族でな、植物系の何らかの魔力がある者は、祖先にボスコの民の血が混ざっていると信じられている。

“エルバの手”を持つ者とは、その力が極めて強く、その手で”何でも叶えられる不思議な植物を生成する力”を持つ者のことだ」



 


「ボスコの民……」


皇太子は小さく繰り返し、考え込むように目を伏せた。


 


「代々受け継がれる“種生成本”という書があってね。

そこに書かれた方法で種を作り、花を咲かせる。それがエルバの手を持つ者たちの“術”。

だが、どの種を作れるかどうかは、その者の力次第。未熟なら咲かないし、間違えば毒草が育つこともある」


 


「効率は悪いな」


ゼーレの皮肉に、ルーカスは肩をすくめる。


 


「だが魔法を使った回復と違って反動がない。術者は体力を消耗しないしね。

“エルバの手”を持つ者を魔物も怖がって近づかないらしいよ、何より……使う者の心が、まっすぐじゃないと咲かないらしいから人として信用ができる」


 


レオニダスが、出会ってまだ数刻しか経っていない少女を思い浮かべる。

金色の瞳に、太陽の光のような金色の髪。

口の悪い物言いをしながら、それでもどこか柔らかく、迷いのないまなざし。


 


「……たしかに信じたくなります。不思議と」


ぼそりとこぼれた言葉に、ルーカスが口の端を上げた。


 


「“呪いの花”と呼んでいた。あれが完成すれば、殿下を目覚めさせられると――彼女はそう言いました。」


 



沈黙が落ちる。


 


そして皇太子アルデバランは、静かに言った。


 


「……よかろう。彼女が戻るまで、我らは備えよう。

“エルバの手”――ただの伝説か、それとも本物か。見極めるのは、それからだ」



「“不確かなもの”に国を託す気ですか?」


ゼーレの問いに、皇太子はわずかに笑う。


 


「“確かだったもの”でどうにもならなかったからこそ、こうして我らは座っている。

ならば一度くらい、花屋の娘に希望を持ってみてもよいではないか?」


 


誰も反論はしなかった。



あの頼りなさそうな花屋の娘に――皇子の命運は託されることになった。

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