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花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜  作者: ソニエッタ
先生がお花屋さん

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除去不可能な花

オルガは深く息を吸い込み、マルタの胸元にそっと手を添えた。


掌から、ほのかな緑の光が広がっていく。




「……おい、花が反応しているぞ」


レオニダスの低い声。


確かに、マルタの鎖骨の下の“寄生花”は、光に反応するようにわずかに脈打った。


だが、それは拒絶の反応だった。



「……だめだ、入っていけない。私の力が拒まれてる……」


オルガの声は静かだったが、その奥にある焦りは隠せなかった。




「“閉じてる”……私の力じゃ、根をほどけない……」


彼女は両手でマルタの手を握ると、眉をひそめた。


「これ……種を作った本人じゃないと、花を開けないように設計されてるのかも……」


「つまり、作った者にしか抜けない……?」




レオニダスの声が、凍る。




「うん。“目的のためだけに作られた”って感じ。解除の余地がない。強引にやれば、マルタが死ぬ」


オルガは悔しげに唇をかんだ。



「……こんな花、“生成本”にないのにどうやって作ったんだろ…」


「それは……お前には、作れない?」


「無理。こんな性質の種」




風が森の枝葉を揺らし、木々の間から夕陽が射し込む。


オルガはマルタの髪をそっと撫でながら、呟いた。




「誰かが……“別の生成本”を持ってるか、それとも、生成本なしで作れるほど“力のある使い手”がいるってこと」


レオニダスが、静かに剣の柄に手をかける。


「……つまり、敵は“エルバの手”の使い手。しかも、意図的に寄生の種を作れるほどの熟練者」


「それも、マルタをつかって……私たちの誰かに向けて動いてる」


オルガの目が、森の奥を見据える。


「こんなもの、使うなんて……ただの魔物より、よっぽど怖いよ」


沈黙のなか、マルタの身体だけが、静かに浅い呼吸を繰り返していた。




「……今私にできるのは、一時的に“眠らせる”ことだけ」


オルガは静かに立ち上がり、掌に一粒の種を握った。


それは、彼女が即興で組み合わせた“鎮静の種”。通常は動物や人間に使うものだが、今は花に向けるしかない。


「寄生の花も、生きものなら……眠ってくれるはず」


マルタの胸元に再び手を添えると、ゆるやかに種を展開する。


掌から広がる光は、さっきよりもずっと淡く、やさしかった。




寄生花が、ふるふると震える。


根がほんの少し、緩むように動いた。




「……やっぱり。効いてる。でも、これはなだめてるだけだから……時間が経てばまた目を覚ます」




オルガの肩が、ふっと下がる。


その瞬間、マルタの表情から苦しみが消えた。



「……眠ったのか。花も。」




レオニダスは数秒その様子を見てから、判断を下したように立ち上がった。




外套の内ポケットから、小さな魔石のついた連絡具を取り出す。


「……マッシモに連絡を入れる。これはギルドの協力が要る案件だ。被害がこの少女だけとは限らない」




魔石がかすかに光を帯び、空中に淡い蒸気のような魔法陣がふわりと浮かび上がる。


数秒後、あのダミ声が響いた。




『よう、坊主。こんな時間に騎士団副団長自らとは、ずいぶん珍しいじゃねぇか』




「マルタが襲ってきた。花に操られてる。今はオルガが眠らせているが、時間の問題だ」




『……花に操られる、だと? おい、それは冗談になってねぇぞ』




「ああ。本当だ。今すぐ、信頼できる者を数人、オルガの家に送ってくれ」




『了解。すぐに動かす』




通信が切れ、レオニダスは連絡具をしまい、オルガの方へと視線を戻した。




「応援が来るまで、俺が見張ってる。……お前を一人にはできない」


オルガは一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐにふっと微笑んだ。



「ありがとう、レオニダス。……ちょっとだけ、怖かったから、助かる」



「ちょっとだけ、じゃなかっただろ。震えてたぞ」



「えっ、うそ、見てたの?」




「全部、な」




レオニダスは表情を崩さぬまま答えたが、その声には、ほんのわずかに柔らかさがにじんでいた。






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