皇太子の怒り
「……やっぱり、まだだめだった。」
部屋を出ると外で待っていた、レオニダスが静かに問いかける。
「……つまり、今はまだ“治せない”ということか?」
「うん。もうちょっと手を加えれば、たぶんいけるけど。今ここじゃ無理かなー」
その言葉に、背後で空気がぴしりと張り詰める。
それは騎士たちのものではない。もっと、重く、王族特有の、責任と焦りが入り混じったもの。
「――待て、無理だとはどういう事だ。」
重く、冷たい声が部屋に落ちた。
振り返ると、廊下の奥から黒い衣をまとった男がこちらへ歩いてくる。
背は高く、威圧感のある風格。髪に混じる銀と、鋭い眼差し。
「私は皇太子、アルデバラン=ラウエル。貴様が“エルバの手”の使い手か。」
「うわ、偉い人来た。」
オルガは特に気にする様子もなく、結界のほつれた扉にもたれたまま言った。
「……治せると聞いた。なのに、できぬと?」
「うん。ちょっと失敗しちゃってたみたいで。
今から戻って作り直して、だいたい……三日?四日後かな?どうだろ」
「四日後だと?!」
低く抑えた声が、刃のように床を這う。
「この数日で、皇子の命が尽きるやもしれぬというのに、貴様は――!」
「うん、だから急いで帰って作らなきゃね」
オルガはそう言って、ぽんぽんと手を叩いた。
レオニダスが一歩前へ出る。
「皇太子殿下、彼女の力は唯一の可能性です。無理を強いて失敗してしまっては、元も子も――」
「……それに、あんまりプレッシャーかけられると、花も咲きにくくなるし」
ぽそっと添えたオルガの言葉に、場の空気が一瞬、白けたように静まった。
「じゃ、いったん帰りまーす」
彼女はひらひらと手を振り、レオニダスの方をちらりと見る。
「四日後に迎えにきてくれる?」
「……ああ。必ず」
そして、オルガは来た道を、まるで買い物帰りのような足取りで戻っていった。
――“頼りなさそうな花屋”が、今度こそ本当に、花を咲かせるために。