尋問
ダンジョンの出口を抜けると、目の前には馬車と、それを囲む騎士団が待ち構えていた。新鮮な空気が胸を満たすより早く、誰かの手がオルガの腕をつかんだ。
「はい乗って」
「えっ、私行かないよ?」
「拒否権はないんだなー」
ルーカスだった。オルガの肩をぐいと押し、馬車へと押し込む。
「家に帰って畑にお水あげなきゃだし、カラスにご飯もあげなくちゃだし」
「王命。逆らうと不敬罪」
「ちっ」
舌打ちするオルガをよそに、馬車が動き出す。外では騎士たちが整列し、王都へ向かう。日が傾きかけているが、街道の先にはまだ王宮の旗が揺れていた。
「殿下を襲った近衛たちは全員死んでいる、だから誰からの指示か吐かせられない。オルガちゃんが前に持ってきてくれた花にかかってるんだ」
「うーん、うまくいくかわからないよ?」
「とりあえず皇帝陛下がお待ちだ、なにもなかったらなかったでまたほかの手を探す」
馬車が止まったのは、王宮の中庭だった。大理石の階段を駆け上がる騎士たちに混ざって、オルガも渋々歩かされる。衛兵が門を開き、謁見の間へと導かれた。
玉座の間。赤い絨毯。金の装飾。高い天井。そしてその奥、玉座に座す老帝。
白髪の中に鋭い目を宿した皇帝は、ゆるやかに首を傾けた。
「アルデバランよ、よく戻った」
「はい。ご迷惑をおかけいたしました」
皇子の声が静かに響いた後、空気がふっと張り詰めた。
皇帝はしばらく沈黙を保っていたが、やがて目を細め、玉座の側に控えていた側妃――エメリナへと視線を向けた。
「……エメリナに、話があるということだが?」
「陛下、ご発言の許可を――」
ルーカスが一歩前に出て、静かに申し出る。
「許可する」
「ありがとうございます。エリオット皇子の呪いについて調査を進めたところ、騎士団および近衛騎士団の中で、数名の名前が浮かび上がりました。調べを進めた結果、彼ら全員に共通するのが――ドレイヴァン侯爵家との繋がりです」
「ほう……ドレイヴァン侯爵家、か。――エメリナ、何か弁明はあるか?」
「特には。父上は昔から顔が広く、さまざまな貴族に援助をしてまいりました。関係者の中に我が家と縁のある者がいても、不思議ではありませんわ」
「今回、アルデバラン殿下を襲撃したのは、近衛騎士団副団長クラヴィスとその指揮下にあった部隊です。クラヴィス自身の調査はこれからですが、……レオニダス、持ってこい」
ルーカスが声をかけると、レオニダスが静かに歩み出て、二種類の鉢植えを差し出した。それは、数日前にオルガが持参した、記憶を蓄える花と音を記憶する花だった。
「これはオルガ嬢が生成した花です。映像と音を記録する特別な花で――側妃様の私室に置かせていただきました」
「な……っ!? なんてことを! そんな真似、許されるはずが――!」
エメリナが声を荒げる。その様子を、アルデバランが穏やかな声で制した。
「エメリナ様。……私は母上が亡くなってから、あなたを本当の母だと思ってきました。この花に何も映っていなければ、それがあなたの潔白の証明になります。違いますか?」
エメリナは一言も発せず、ただじっとアルデバランを睨みつけていた。
「――わしが許可する。見せてみよ」
重く響く皇帝ヘンドリックの声が、ざわついていた謁見の間を一瞬で静める。
「オルガ嬢、頼めるか?」
「はーい」
場にそぐわないほど能天気な返事が、謁見の間にぽんと響く。
オルガはゆったりと歩み出て、二輪の蕾――一つは透明な花弁を持ち、もう一つは白く閉ざされた花――に手をかざす。
やがて、硬く閉じていた蕾がふわりと開き、透明な花弁の内側に映像が浮かび上がる。同時に、どこからともなく音が流れはじめた。
「花びらが小さくて見えにくいな……魔法師団長、後ろから壁に向けて光魔法を。レオニダス、照明を少し落としてくれ」
ルーカスの指示を受けて、ゼーレとレオニダスが動く。照度が下がると、花びらの影が壁に大きく映し出され、映像と音声が場に広がった。
そこには、笑顔のオルガと、町の人々との日常的なやりとりが映っていた。
『よしよし、お花できたできた!これ持ってけば石頭も喜ぶかな〜』
『ふ〜ん、ふふ〜ん♪今日はいいて〜んき♪』
『あ、オルガちゃん!お出かけかい?この間選んでもらった花、母ちゃんがよろこんでくれてよー!』
『よかったー!あの色素敵だからきっと気にいると思ったの!でさ、この前ーーーー』
緊迫した謁見の間に、場違いなほどのんびりとした日常の会話がこだまする。
「……俺たちは、今いったい何を見せられてるんだ?」
「おい…オルガ穣、全部見るのに何日かかると思ってるんだ、なんとかしろ!」
レオニダスが眉をひそめて声を上げる。
「注文ばっかりだな〜もう……」
文句を言いながらも、オルガは渋々花に触れた。すると花の中心が脈打ち、映像と音が早送りで流れはじめる。
「――そこ、止めて!」
ルーカスが鋭く声を上げる。
映像が止まり、画面に映し出されたのは――薄暗い室内。クラヴィスとエメリナが向かい合って座っていた。
『殿下が、魔物の調査に出るとのことです。護衛は私が』
『あら、ちょうどいいわね。あなた、やれるわよね?』
『成功した暁には、我が家の後押しと――』
『わかっているわ。貴方を近衛騎士団団長にするよう、陛下に口添えするわ……だから、確実にアルデバランを始末してちょうだい』
全員が息を呑む中、クラヴィスとエメリナの密談が、花弁の映像に鮮明に映し出されていた。
沈黙が落ちた。
謁見の間にいる誰もが、いま映された映像の意味を理解するのに時間を要した。
裏切り。謀殺。王家の血を狙った密謀の証拠。
エメリナの顔色が初めて揺らぐ。
「……捏造よ。こんなもの、魔法でも作れる」
彼女の声はかすかに震えていた。だがその言葉に、誰もすぐには反応しない。
「ゼーレ、音声の魔力痕跡を確認しろ」
ルーカスが静かに命じる。ゼーレが頷き、花のそばに近づいて魔力を探知する。
「……本物です。魔力は一切感じません。花が周囲の音と映像を“生きたまま”記録していた痕跡があります」
「捏造ではないということか?」
「はい」
場内がざわめいた。
皇帝ヘンドリックは、重たく息を吐き出した。まるで天秤が傾いた瞬間だった。
「エメリナ。何か申すことはあるか」
その問いに、エメリナはゆっくりと顔を上げ、誰よりも冷ややかな視線でオルガを見た。
「……..」
皇帝は目を閉じ、長く沈黙した末に言った。
「エメリナ、そなたを国王侮辱および皇太子暗殺未遂の罪により、ただちに拘束する。身柄は王城地下へ。……然る後、審問にかける」
「…………」
エメリナの顔から、すっと感情の色が消えた。まるで仮面でも剥がれ落ちたかのように、凪いだ瞳をしたまま、何も言わない。
後ろから近衛兵たちが静かに歩み寄り、取り囲む。エメリナは抵抗もせず、そのまま騎士たちに促されて歩き出した。
すれ違いざま、オルガの鼻先に、かすかな匂いがよぎる。
「……あ。こげた草と、鉄の混じった……この匂い……二回目に王城に来たとき、感じたやつだ」
思わず漏らした呟きに、エメリナが足を止めた。
小さく振り向き、唇だけで笑う。
「ふふ……鼻が利くのね。……私の母も、貴女と同じ力を持っていたわ。残念ながら、私にはなかったけれど……」
それだけを残して、彼女は再び前を向く。足音も衣擦れもないまま、謁見の間の奥へと消えていった。