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花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜  作者: ソニエッタ
王宮の毒花と森の片隅のお花屋さん

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通路の終着地

一行は、果ての見えない長い通路を歩いていた。


まっすぐ続くその道が、どこへ向かっているのか──いや、終わりがあるのかすらわからない。



「それにしても……魔物は出ないし、道は変わらないしで、気が遠くなるな」




ぽつりとルーカスが呟くと、すぐ後ろからマッシモが苦笑混じりに応じた。


「この通路、魔物が出ないようになってるのか、それともオルガがいるせいか……はたまた、例の緑の実を食べたせいなのか。調査しなければいかんな」


「緑の実を食べたからって、魔物が出なくなるってわけじゃないと思うけど。襲ってこなくなることはあるかもだけどさ」


隣を歩くセレンが、淡々とした口調で分析を加える。二人は軽く言葉を交わしながらも、周囲への警戒を怠っていない。


そんな真面目な大人たちの会話をよそに、前を歩くオルガがルイスに振り向いて声をかけた。


「ねーねー、ルイスって近衛騎士ってやつなんでしょ?普通の騎士と何が違うの?」



「ルーカス団長の率いる騎士団は、魔物討伐や治安維持が主な任務です。私たち近衛騎士は、王族や高位貴族の護衛が中心です」


「ふーん、わざわざ分ける意味あるの?どっちも剣振るんでしょ」


「戦い方や求められる動きが違いますので、訓練の内容も変わってきます」




真面目に説明するルイスに、オルガはふむふむと頷きながら、なおも質問を重ねようとする。そこに、ルーカスが横から割り込んできた。


「オルガちゃん、ルイスに興味津々じゃない?焼けちゃうな〜。ちなみに近衛騎士はね、貴族出身じゃないとなれないの。お偉いさん相手にするから、身分がそれなりじゃないとややこしいんだよねぇ」




すると、その後ろからぼそりと声が落ちてくる。


「……私のことは“皇太子”って呼び続けてるくせに、今日初めて会ったルイスはもう名前で呼んでるのか…」



アルデバランが呟くと、セレンが小さく笑いながらフォローする。



「オルガ、同年代と話すことがあまりないですからね。嬉しいんですよ、きっと」




そんな風に、あちこちで会話が飛び交いながらも、一行は足を止めることなく進んでいく。


やがて、通路の先がわずかに広がりはじめた。

ひんやりとした石壁のすき間から、かすかな光が差し込んでいる。


それは松明の火とも違う、どこか柔らかい自然光のようだった。




「……もしかして、出口が近いのか?」




ルーカスが顔を上げてつぶやく。


だがその言葉に、セレンがすかさず首を横に振った。



「いや、まだのはずよ」



そしてその先、ぽっかりと開けた円形の空間にたどりつく。

壁に囲まれ、天井の裂け目から微かな光が差し込んでいた。

崩れかけた柱が何本も立ち並び、床には古い苔がにじんでいる。



「……ここは何だ?」



ルーカスが立ち止まった。


その視線の先に、誰もが息を止める。




壁一面に描かれた古びた壁画。


褪せた色。かすれた線。




奇妙な姿をした人々と、鳥のような影。

中央には、花のようなものを掲げる人物。

その背後には、枝を広げた巨大な木が描かれている。



「……なんだろう、これ」



マッシモが眉をひそめた。




「読めそうな文字もないな。ただの装飾ってわけでもなさそうだけど」


セレンが指先で壁画の輪郭をなぞるようにしながらつぶやく。




そのとき、ルイスがふと、近くの木の絵に手を伸ばした。


かすかに、石がずれるような音。




「──あれ?」


カチ、と小さな音を立てて、壁の一部がわずかに沈み込んだ。


直後、隣接する石壁がごとりと鈍い音を響かせながら横にスライドし、暗がりの中にぽっかりと開いた通路が現れる。



「……おい、出口か?」


ルーカスが身を乗り出すようにして覗きこむ。


奥には続く細い通路。わずかだが、どこかから風が流れてきていた。



「空気が動いてる。塞がってないってことは──」


「外に繋がってる可能性があるわね」




セレンが呟くと、マッシモが口笛を吹いた。


「当たりだな、ルイス。さすが貴族、運も品格もあるってか」


「たまたまです」




苦笑するルイスに、ルーカスが軽く肩を叩く。






一行のざわめきが、遠ざかっていく。




けれど、オルガはまだ壁画の前にいた。


目は、中央に描かれた花と、その背後にそびえる大きな木に向けられている。




「オルガー! なにしてるのー? 置いてくよー!」


遠くから届いたセレンの声が、耳をかすめる。


けれど、オルガの視線は絵の中にとどまり、色褪せた絵の中にかすかに息づくものを感じながら、ぽつりと言葉を落とした。






「……精霊樹だ」








その声は、どこかで風にさらわれ、


誰の耳にも届かなかった。





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