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花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜  作者: ソニエッタ
王宮の毒花と森の片隅のお花屋さん
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通路のその先2

長くなったので二話に分けて投稿しております。



広間の隅、半壊した柱の陰に、人影がふたつ、かろうじて身じろぎしていた。


濃いマントが血に染まり、床にじわりと赤が広がっている。




「……え、あれって……騎士の人? それに、皇太子……!」



オルガは目を見開いたまま駆け寄った。


血まみれで倒れていたのは、若い騎士と――アルデバランだった。


「オルガ! 私は回復魔法をかける、体力の実をふたりに飲ませて! 内と外、両方から回復させるのが早い!」


「うん、わかった!」


オルガとセレンが手早く治療に取りかかる。


オルガは体力の実を半ば強引に口に押し込み、セレンの魔法の光が淡く二人を包んだ。


「剣傷……? 魔物じゃない。これは、人の手によるものよ」


セレンが鋭い目つきでルーカスを見やった。




「……う、うう……」


呻き声とともに、アルデバランのまぶたがわずかに動く。


「殿下! 意識が戻ったわ!」




「……わ、私は……い、生きて……?」




「だから言ったでしょうに…無茶をするなって。――帰ったら、レオニダスからの説教と、オルガちゃんのにっがーいお茶タイムが待ってますからね。覚悟しててください」


ルーカスの軽口に、アルデバランの口元がかすかに緩んだ。




「ル……ルイスは……無事か……私を、かばって……」


「大丈夫。セレンが魔力ふりしぼって回復魔法かけたし、私が体力の実をお口にぎゅうぎゅう詰め込んどいた」


「……それで窒息したらどうするんだ?」



ぽつりとマッシモが呟き、空気が一瞬だけ緩んだ。

笑い声は出ないが、全員の胸がすこしだけ軽くなる。




アルデバランが生きていた。


それだけで、今は十分だった。




「とにかく……まずは、ここからどう出るか考えないとな。あの番人に出くわしたら、さすがに終わる」



ルーカスが苦笑いを浮かべ、頭をかいた。



「……番人? あの奇妙な魔物のことか?」


かすれた声でアルデバランが身を起こし、こちらを見やる。


「ダンジョンの中腹あたりで、ルイスを除いた護衛の近衛兵全員に囲まれた。剣を向けられてな」




その言葉に、ルーカスが目を見開き口を挟んだ。


「副団長のクラヴィスが、あなたを裏切るなんて……信じられない」



「……この剣傷は、やつのものだ。ルイスを同行させていなければ、今ごろ私はここにいない。クラヴィスは新人は外で待機と指示していたが、ルイスがダンジョン経験があると言ったので、私が判断して連れていったんだ」




「……やつの息のかかった近衛を連れて、ダンジョン内で殿下を抹殺し、魔物の仕業に見せかける……って筋書きか。新米騎士の同行なら、ごまかしも簡単だ」




ルーカスが低く言い、場に重苦しい沈黙が落ちた。



「斬られ、倒れかけたとき……ルイスが前に出て私を庇い、何度も剣を受けた。もうダメかと思った。その時だった。唸り声と共に、あの奇妙な魔物が現れて…… クラヴィスたちを…一瞬で、屠ったんだ」


「……あの番人が? 殿下を庇った……? ありえないだろ、そんな話!」


ルーカスが驚きに声を張る。そのとき、先ほどまで気を失っていたルイスが、うっすらと目を開けた。




「……ほ、本当です……わ、私も……目を疑いました。あの魔物は……副団長たちを倒したあと、私たちを見て……この部屋につながる通路に、押し込むようにして……」



「魔物が人を守るなんて、聞いたこともないぞ」




マッシモが呆れたように言い、顎に手を当てて考え込んだルーカスがつぶやく。




「あの時……通路に近づこうとしたときに、あいつが怒っていたのも、近づかせまいとしたのも……もしかして、殿下を守るためだったのか?」


「でも、なぜ……?」




マッシモも続けようとして、言葉を失った。答えは、誰の口からも出てこなかった。




ふと、オルガの鼻がぴくりと動いた。




「……あれ?この匂い」



「匂い……?」




セレンが眉をひそめる。オルガはアルデバランの方に視線を向け、じっと見る。




「皇太子、ちょっと失礼」


そう言って、オルガは唐突に彼の胸元に手を伸ばし、懐に忍ばせた布袋を探り当てた。




「オ……オルガ!?な、何を……!」


「あー、やっぱり」


オルガはにっこりと笑って、懐から転がり出た一粒を指先でつまんだ。


「……それ、騎士団の畑に植えたやつ。食べたー?」




アルデバランは言葉を失い、しばし唖然とした後、そっと目を伏せて頷いた。



「……ああ。ダンジョンに入る前にな。まだ緑だったが、効果はあると思って……体力の実だろ?」


「それ、体力の実じゃないよー。も~、不確かなもん聞かずに口にするなんて、うちの畑に来るカラスとおんなじだよー」


「あっ……まさか! あれか! 魔物が勘違いするやつか!!」



静まり返る場に、ルーカスの驚きの声が響いた。



オルガは騎士団の庭に、体力の実、魔法草、そして――魔物が“仲間”と勘違いするという、摩訶不思議な実の種を植えていたのだ。



「あの時はそこまで確認せず流したが……まさか偶然、殿下の身を守るとは。いやぁ、やられたな、オルガちゃん」


ルーカスが喉を鳴らして笑った。



「なんにもしてないしー。この人が勝手に食べただけ。ほんと大丈夫かな未来の皇帝がこんなんでー」


オルガがアルデバランを指さしてひと言、場の空気がふっとゆるむ。堅かった面々の表情がほころび、誰からともなく笑いがこぼれた。



「突破口はできたな。この実を口にすれば、番人に襲われることはないらしい」


そう言ってルーカスは、オルガから布袋を受け取り、例の実を取り出すと、ひとつずつ仲間に手渡していった。




「この先へ進むか? それとも、いったん戻るか」



ルーカスの問いに、オルガが勢いよく手を上げる。


「せっかくだし、先行こうよー! こっちの方が楽しそう!」


その無邪気な声に、マッシモが呆れたようにため息をつく。


「おい、ピクニックじゃないんだぞ。……セレン、今どのへんだ?」



セレンは軽く手を振り、魔法で周囲の気流と地脈を探るように目を細めた。


「うーん、どっちに行っても距離は変わらないみたい」




ならば、と意見はすぐに一致した。一行は足元を確かめながら、先の闇へと進んでいく。


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