通路のその先
「……なんだったんだ、あの化け物じみた魔物は。ダンジョンの番人って、どこもあんな奴なのか? あんなの、まともにやり合って勝てるわけがないだろ……」
ルーカスが壁に手をつきながら、乱れた息を吐き出した。額には冷たい汗。動悸が、まだ収まらない。
彼らは、オルガが偶然見つけた隠し通路へと転がり込むように避難していた。扉には封印魔法がかけられ、背後の気配はもう感じない。
「私、何度もダンジョンに潜ってるけど……あんなの、初めて見たよ」
セレンが腰を落とし、壁にもたれて肩で息をする。
「番人がしょっちゅう出てきたら、命がいくつあっても足りないな」
マッシモの言葉に、場の空気がわずかに緩む。乾いた笑いが漏れた。
「はい、これ」
オルガが、包みから魔力草と体力の実を取り出して、ひとりずつに手渡していく。
「今のうちに食べとこ。どうなるか、わかんないし」
「オルガ……“どうなるかわかんない”とか、そういう縁起でもないこと言わないでよ」
セレンが呆れたように笑う。
「ふふ、大丈夫、大丈夫」
何がどう大丈夫なのか、本人も分かっていないらしいが、その能天気さが、かえって心を落ち着かせた。
空気に、かすかに安堵の色が混じる。
「……ん?」
ふと、オルガが足元に目を落とす。
「これ……」
石畳の隙間に、赤い液体が点々と続いている。
「血か」
ルーカスが低く言い、立ち上がる。
「この先に続いてる。行くぞ」
一同は無言でうなずき、ゆっくりと立ち上がる。封印の扉を背に、深い闇の通路へ足を踏み出した。
「この道……どこに繋がってるんだろうね」
セレンがぽつりと呟く。
「さあな。でも、オルガがいなきゃ、気づけなかった場所だ」
マッシモが苦笑し、歩調を合わせた。
静けさの中、靴音だけが淡く響いていく。通路は思ったよりも長かった。
壁は苔に覆われていて、ところどころ湿っている。足元に水たまりができていて、誰かの足音が跳ね返るたび、音が重く広がった。
「こっちだな……血の跡は続いてる」
ルーカスが前を歩きながら呟く。暗闇の中、手に持った炎の揺れる光が壁にうごめく影を作り、何かがすぐ横にいるような錯覚を起こす。
「傷ついた冒険者か、それとも……」
マッシモが低く呟く。歩きながらも視線はあちこちに飛び、手元の短剣にはすでに力がこもっていた。
「こんな通路、普通は気づかないよ。あの番人、まるで……なにかを守ってたみたいだった」
セレンが顔をしかめ、足音を潜めるように歩を進めた。
暗がりの中でも、血の匂いははっきりとしていた。鉄と、生温さ。鼻の奥に張りつくような、濁った命の匂い。
「止まった」
ルーカスの声に、一行が足を止める。足元の石畳に続いていた血の跡が、そこで唐突に消えていた。
通路の先は、急にひらけていた。天井が高く、苔と蔦に包まれた広間。
中心に、石碑のようなものがひとつ、静かに立っている。長く、誰にも触れられていないような気配。けれど、空気はざらついていた。
「……誰か、いる……」
オルガがぽつりとつぶやいた。




