ダンジョン潜入
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オルガ、マッシモ、セレン、そして選び抜かれた高ランクの冒険者数名が、ついにダンジョンの入り口へと辿り着いた。
岩肌に穿たれた黒い裂け目のような入口の前には、帝国騎士団長ルーカスと数名の騎士が待機していた。マッシモたちの姿を確認すると、騎士たちは一糸乱れず整列する。
「ルーカス、腕利きの連中を連れてきた。ダンジョン内部の地形に精通してるやつらもいる。」
そう言ってマッシモが顎で指し示した冒険者たちの列。その中央に、小柄な体格の少女がぽつんと混じっていた。
ルーカスの目がそこに止まる。
「……オルガちゃん? まさかアイテムの差し入れに来たんじゃないよね。今は危険な状態だ。すぐ戻った方がいい」
ルーカスは険しい声で諭すように言ったが、それより早くマッシモが口を挟んだ。
「オルガも中に入る。こいつが必要だ。」
「なにを言ってる! 今は一刻を争う状況だ。彼女を守りながらじゃ行動に支障が出る!」
ルーカスの声が上がる。冒険者たちの中にもざわめきが走ったが、オルガ本人はというと、周囲の緊張などどこ吹く風で、別のことを考えていた。
(あの堅物、今日は来てないんだ……)
「むしろ逆だよ」
マッシモは静かに言った。「オルガがいた方が、スムーズに進む。……まあ、入ってみりゃわかるさ」
ルーカスは目を細めたまま黙り込み、それから仕方なさそうに冒険者たちを見回した。
「……よし。中に入る。オルガちゃん、俺のすぐ後ろについてきてくれ。何かあってもすぐ守れる位置だ」
「ありがとう。今日は副団長さんいないんだね?」
オルガの問いかけに、ルーカスの表情が少し緩んだ。
「ふふ、まさかレオニダスに会いたかったの?」
「んー……会いたかったのかな?」
オルガは首を傾げ、問いかけに問い返す形になる。
ルーカスは肩をすくめ、いつもの飄々とした笑みを浮かべた。
「今日はお留守番さ。俺に何かあったとき、騎士団をまとめられるのはあいつだけだからね。……オルガちゃんがここに来てるって知ったら、ちょっと悔しがるかもなあ」
「悔しがる……?」
「うん、まあ……なんでもない。さ、行こうか」
そう言って、ルーカスは踵を返す。
オルガたち一行は、ひんやりとした空気をまとったダンジョンの中へ、静かに足を踏み入れていった。
*****
ダンジョンの中は、湿った土の匂いが鼻を刺し、肌にまとわりつくような重たい湿気が満ちていた。
先頭を進むのは冒険者たち。その後ろに、松明を掲げた騎士たちが静かに続いていく。
「……なんでまた、皇太子がダンジョンに?」
オルガが小声で尋ねた。
「魔物の異常繁殖、知ってるだろ? 殿下、自分の目で確かめたいって言ってさ。俺も止めたんだけど、あの人、頑固だから聞かなくてな……。もし何かあったら、ほんと、洒落にならないってのに」
ルーカスは前を見たまま無言だった。
脳裏に浮かぶのは、側妃エメリナの張りつめた笑み。――皇帝は健在。エリオット殿下もいる。なら、多少の無理は通ると踏んだのだろう。
だが、今の帝都は、そんな単純な盤面ではなかった。
「……じゃあ、見つけたらお灸をすえないとね。にっがーい薬草のお茶でも飲んでもらおうか」
オルガの声に、ルーカスの口元がわずかに緩んだ。
「にしても、おかしいよな。こんなに連絡が取れなくなるほど、奥まで入るなんて」
マッシモが低くつぶやいた。
「そこなんだよ。予定では森の周辺を調査して、ダンジョンは軽く覗くだけ。それから夜の魔物の動きを見るために一泊して戻る……って段取りだった。だから、中に入ったまま出てこないなんて、想定外もいいとこだ」
「近衛は?」
「入り口で待機してた部隊が、予定を過ぎても出てこないからって、慌てて王宮に連絡を入れた。それで俺たちが呼ばれたんだ」
松明の炎が、湿った石壁に揺れる影を落とす。
空気の底に、かすかな違和感が沈んでいる。
何かが、狂っている――。
それだけは、誰の胸にも確かにあった。




