表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜  作者: ソニエッタ
王宮の毒花と森の片隅のお花屋さん

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/94

静かなる兆し

レオニダスがオルガの家で、穏やかすぎるほどの休日を過ごしていたその時。王宮では、皇太子アルデバランと帝国騎士団長ルーカスが、騎士団塔の書斎で顔を突き合わせていた。




「ギルド長の調査によると、魔素の濃度が上がっているらしい。原因はまだ不明だが、それに引き寄せられるように魔物の数が増えているようだな」




アルデバランが机上の地図を見下ろしながら言うと、ルーカスが腕を組んだ。




「通常では滅多に現れないはずの高位魔物が、市街地近くで目撃されたという報告も上がっています。マッシモはスタンピードを警戒して、既にいくつかの準備を始めているようです」




「……我々も、動かねばならんな」




アルデバランの言葉に、ルーカスは黙って頷いた。しかし顔は険しいままだ。




「魔法師たちに古文書を洗わせていますが、有力な手がかりは出てきていません。ギルド側でも並行して調査を進めているようですが……どこも決め手に欠けるようです」




アルデバランは静かに息を吐いた。




「明日、ダンジョンとその周辺を視察に行く。自分の目で見ておきたい」




その言葉に、ルーカスは一瞬絶句した。口を開こうとしても言葉が出ず、やがてしぶしぶ声を絞り出す。




「……殿下、正気ですか? エリオット皇子が狙われた直後ですよ。次はあなたという可能性もある。今はレオニダスも不在です。私は王宮を離れるわけにはいきません。数日で彼が戻ります。それまでお待ちを」




「近衛騎士団がいる。私自身も戦えないわけではない」




アルデバランの口調はあくまで冷静だった。だからこそ、ルーカスは苛立ちを隠せなかった。




「オルガが提出したリストをご覧になったはずです。帝国騎士団と近衛騎士団、両方から“呪い”に関わった者が複数名出てきました。侯爵家と繋がりのある者も含まれていた。近衛にも完全な信頼は置けません」




ルーカスは机を叩きたくなるのをこらえ、きっぱりと告げた。




「この状況下で、殿下が動くべきではありません。レオニダスか私、少なくともどちらかが常に傍にいるべきです」




ルーカスの言葉が空気を固くしたまま、沈黙が落ちた。




だがアルデバランは動じなかった。鋭い目をまっすぐルーカスに向ける。




「……だからこそ、だ」




「は?」




「信じられる者が減った今、自分の目で確かめるしかない。書面ではわからんことがある。報告は濁され、守られるのは体裁ばかりだ」




ルーカスは歯を食いしばった。




「それでも、あなただけは動いてはいけません。陛下も、そうお考えになるはずです」




「陛下には既に許可を取ってある」




「……っ!」




返す言葉が詰まり、ルーカスの拳が無意識に握られる。




「事態は一刻を争う。現場を見ずに判断を下せば、誤る。誤った命令は、命を奪う。私はそれを繰り返すつもりはない」




低く抑えた声だったが、拒絶は明確だった。




「近衛はすでに手配してある。副隊長のク


ラヴィスも同行させる。護衛は十分だ」




ルーカスは苛立ちを噛み殺したまま、しばらく黙っていた。けれど、やがて顔を上げる。




「……殿下。私が止められなかったとあっては、レオニダスに合わせる顔がありません。死ぬ気で帰ってきてくださいよ」




「生きて帰る。それが命令だ」




アルデバランは一言だけそう言い残すと、書斎を後にした。




閉ざされた扉の向こうに、重く沈んだ沈黙だけが残った。




ルーカスはため息をつき、額を押さえる。




「……いつも、自分の命を軽く見すぎる」



***


書斎を後にしたアルデバランは、控えていた近衛たちと合流し、騎士団塔を出た。


西日が石畳を赤く照らし、風に土の匂いが混じる。




塔の脇にある小さな畑が視界に入った。数日前、オルガが土をいじっていた場所だ。


見ると、植えたばかりだったはずの苗が、すでに花をつけ、実をつけていた。




「……早いな」




独り言のように漏らして、アルデバランは歩を止める。




一株に成っていた小さな緑の実に目を留めた。前にオルガから渡された赤い実に似ている。あれの効果は絶大だった。




まだ熟していないのか、今回は赤ではなく深い緑色だ。緑の果肉はわずかに透けており、内側で微かに光を帯びているようにも見えた。


けれど、まったくの無効というわけでもなかろう。遠出に備えておいて損はないと思い、数粒を指先で摘み取り、慎重にポケットへと滑り込ませた。



ほんのわずかに、指先が痺れるような感触があった。けれど、それが風の冷たさのせいなのか、実のせいなのかまでは分からなかった。




「……借りるぞ、オルガ」




そう呟いて、彼は再び前を向き、騎士団塔を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ