森でのひととき
鳥のさえずりが窓の外から聞こえる。
レオニダスは目を覚ますと、下の階から漂ってくる朝食の匂いに気づいた。どうやらオルガが台所に立っているらしい。
昨夜は、なんだかんだで泊まることになった。緊張して眠れないかと思いきや、オルガに「父さまが薬草を漬けた酒」とやらをたっぷり飲まされ、気がつけば朝までぐっすりだった。
こんなによく眠ったのは、いつ以来だろう。あれだけ飲んだのに頭は冴えている。不思議な酒だった。
階下に降りると、オルガがちょうどテーブルに朝食を並べているところだった。彼女は振り返り、明るい笑顔で「おはよー」と声をかけてくる。
レオニダスは咄嗟に、
(……これって、新婚ってやつか?)
という考えを振り払った。言葉が出ず、ぎこちない動きで椅子に腰を下ろす。
朝食を終えたら辞去するつもりだった。だが、流れるような自然さでオルガに引き止められ、気づけばソファに腰を落ち着け、出されたハーブティーを片手に植物図鑑を読んでいた。
これが意外に面白い。細かく描かれた図と、不思議な効能の数々。知らないことばかりだ。
オルガは隣で、器用な手つきで種を作っている。時折、鼻歌まじりに。
レオニダスは、こんな穏やかな時間を過ごすのは久しぶりすぎて、すこしだけ現実に戻りたくなくなっていた。
ふと、机の端に置かれた小さな箱に目を向ける。仕切られた中に、色とりどりの種が並んでいた。
「この色のついた種は、どんな花が咲くんだ?効果とかあるのか?」
問いかけると、オルガは手を止めてちらりと箱の中を覗いた。
「ああ、それね。正直よくわかんないの。生成本が古すぎて、字が消えかけてるのがあって。試しに植えてみたけど芽が出なかったから、たぶん材料が足りてないんだと思う」
「土に植えて、水をやるだけじゃダメなのか?」
「うん、種によってはね。たとえば呪い花は“呪い”を吸わないと咲かないでしょ?ああいうのって、普通の育て方じゃ無理なのよ」
そう言うと、また何事もなかったように種作りに戻る。
レオニダスは、箱の中のひとつ──淡い金色の種に目を留めた。
その色が、朝の光に照らされたオルガの髪にどこか似ていて、なぜか気になった。
「この種、もらってもいいか?」
「うん、いいよー。きれいな色だよね。ネックレスにしても映えそう」
そう言って立ち上がると、部屋の奥から細い革紐を持ってきて、金色の種に器用に巻きつけ、レオニダスの首にかけてくれた。
「……あ、いい感じ!」
軽やかな声。
レオニダスは、手元の種に目を落としながら、小さく息を吐いた。
ほんの少しだけ、心の奥が温かくなるのを感じた。
その後ものんびり植物図鑑を読んでいたら、あっという間に日が暮れて――結局その夜も泊まることになり、あくる朝、後ろ髪をひかれつつに騎士寮へと戻っていった。




