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花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜  作者: ソニエッタ
王宮の毒花と森の片隅のお花屋さん
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雷雨と動揺

ここ数日、オルガはギルドからの注文と、騎士団に持っていくための種作りにかかりきりだった。


魔力が枯渇するわけではない。けれど、何かがじわじわ減っている気がする。


精気か、集中力か、それとも元気のもとみたいな何か。


ただ、それが具体的に何かは、オルガにもよくわからなかった。




「昼ごはん作るの、めんどくさいなー」




腰を伸ばして大きく伸びをすると、ちょうどそのとき戸を叩く音がした。


軽く手を振るように返事をする。




「セレンかなー? はーい、今開けるねー」




扉を開けると、そこに立っていたのは、見覚えのあるような、ないような、黒髪の男だった。


手には香ばしい匂いの漂う包みを提げている。




「えーと、どなた?」




男は、まるで信じられないものを見るような顔をしたかと思うと、小さくため息をついて、手櫛で髪を撫で上げた。


ぴっちりしたオールバックになる。




「あー! 副団長!! 髪型違うからわかんなかったよー」




オルガの言葉に、男――レオニダスは苦い笑みを浮かべる。


そんなことで人相が変わるか、と心の中で静かにツッコみながら、包みを差し出した。




「今日は仕事が休みでな。昼は食べたか? これは……この前のお礼だ。町で買ってきた」



「えっ、やったー! ちょうどね、昼ごはん作るのだるいって思ってたとこ!」




ぱっと顔を明るくして、オルガは手を引くように家の中へ誘った。




「入って入って! あ、今朝パン焼いたの。ちょうど合うかも! わー! チーズのっかってるハンバーグ!! これ絶対美味しいやつー!」




レオニダスは靴を脱ぎながら、少しだけ周囲を見回す。


草木の香りが、壁や床の隅々まで染みついている。




彼はいま、皇子を呪った黒幕の動向を見極めるため、待機している状態だった。


とはいえ、じっとしているのは性に合わない。


「休める時に休め」と言って、団長のルーカスが三連休をくれたものの、何をしていいかまるで見当がつかず、気づけば森まで来ていた。




「お邪魔する」


「うん、勝手にくつろいでてー。飲み物用意するー」




てきぱきと動きながら、オルガは湯を沸かし、ミントとドライフルーツを混ぜた自家製のハーブティーを用意する。




「それにしても、休みとか取れるんだね、副団長でも」


「年に何度かはな。……というか、無理やり取らされた」


「えらいじゃん、ルーカスさん」



「いや、あれはサボりたいだけだ」




ふっと笑ったレオニダスに、オルガはちらりと視線をやる。




「……ね、副団長。なんか、疲れてない?」




唐突な問いに、レオニダスは少し目を細めた。




「なぜそう思う?」



「うーん……なんとなく?」




オルガは鼻をひくひく動かしながら、首をかしげる。




「ちょっとだけ、癒し草いれるね。お茶、苦くなるけどがまんして」




レオニダスは何も言わず、黙って湯気の立つカップを受け取った。


オルガはパンを切り分け、ハンバーグを乗せながら、ぽつりとつぶやいた。




「いつも大人数に囲まれてるとさ、精神的に疲れるよね。森で鳥の囀りを聴きながらのんびりしてるとちょっとましになるかも」




「……それは、わかる気がする」




部屋の中に、パンとハンバーグとハーブの香りがふわりと広がった。


カップの湯気にまぎれて、ふたりの間にあったはずの緊張が、いつのまにか薄れていく。




その午後、ふたりはただ食べて、ただ話して、緩やかな時を過ごした。




夕暮れどき、レオニダスが玄関に向かって扉に手をかけたとたん、空が裂けるような雷鳴が響き、大粒の雨が一気に叩きつけてきた。




「……これは」




「うわ、雷雨だ。すごいタイミング悪いねぇ。森、これ通るの危ないよ? どうせ明日も休みでしょ? 泊まっていきなよー」




ぽんと、あまりに軽く差し出された言葉に、レオニダスは固まった。




表情は変わらない。だが頭の中では警報が鳴っていた。


いや、何もやましいことはない。オルガが深い意味もなく言っていることくらい、彼にもわかっている。


だが、心拍数が理性を追い越していくのを止められなかった。




「……」




無言のまま立ち尽くすレオニダスに構わず、オルガは勝手に話を進める。




「父さまと母さまの寝室、今は空いてるから使ってねー。ちょっと準備してくる!」




そして、ぱたぱたと階段を上っていった。




残されたレオニダスは、しばし天井を見上げた。


過去に付き合った女性がいなかったわけではない。だが、いつも仕事にかまけているうちに、関係は自然と途切れていった。


それでも今日は違う。今日の彼の動揺は、相手がオルガだからに他ならなかった。




「おまたせー」




オルガが階段を降りてきた。手には新品の部屋着。




「着替えないでしょ? 父さまが昔使うつもりだったけど結局しまったままのやつ、出しといた。サイズ、たぶん大丈夫ー」




レオニダスは、それを受け取る手前で一瞬ためらい、ようやくかすれた声を返した。




「……すまない。ありがたく、借りる」




彼の耳まで、ほんのりと赤かった。















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