見えない匂い、触れない罪
部屋を出ると、セフォラの移動魔法で一瞬にして騎士団の塔の執務室へとたどり着いた。
「うわ、便利ー!いいなー、それ。私も使えるようになりたーい!」
「移動魔法はな、センスがなければ壁にめり込む。お主のような能天気には、まず無理じゃろうな」
「出た、偏屈じじいがご降臨~。ね、セフォラ、偏屈じじいだったよね?」
「でしたねー、ゼーレ様は偏屈じじでした。でもつまり、私が使えるってことはセンスあるって褒めてくれてるんですよね?ね?褒めてます?」
「……遊びたいなら他所でどうぞ」
楽しげに詰め寄るオルガとセフォラを、レオニダスの冷静な声がぴしゃりと遮る。
「まあまあ、こういうのも悪くないよ?和むし」
呑気に笑うルーカスに、レオニダスがわざとらしく咳払いを一つ。視線だけでたしなめると、本題へと話を戻した。
「オルガ嬢。君がまとめてくれた“匂いのする者たち”だが、全員と接点のある人物が一人、浮かび上がった」
「おー!あの、臭い人たちだね!」
「……臭いって、どんな匂いなんです?」
セフォラが興味津々に身を乗り出す。
「んー、果物が腐ったみたいな?甘ったるいけど、鼻につくの」
「へぇえ……」
ルーカスとセフォラが同時に感心した声をもらす。
「……話を戻してもいいですか?」
レオニダスの真面目な声が重なり、空気が引き締まる。
「その人物は、現状では手を出せない。匂いがするというだけでは証拠にならない。それに……殿下直属の者たちに調査させているが、隙がまったく見えない。まるで、あちらもこちらの動きを察知しているように」
それを聞いて、オルガはふと、頭の中に浮かんだ生成本の項目を思いだす。
「ちょっと、数日もらっていい?使えそうな花、ふたつほど心当たりあるんだー」
レオニダスが眉をひそめる。
「…試作か?」
「んーん、種はもうあるから。あとは、植えるだけ」
ルーカスが椅子の背にもたれながら、伸びをすると、
「まあまあ。オルガ嬢がそこまで言うなら、しばらく任せてみようじゃないか」
「よっ、ルーカス団長、話のわかる人~」
「何が起きるか楽しみだなー」
「じゃあ、準備もあるし私は森に帰るねー!今日一日誰かさんのせいで大変だったし」
オルガは軽く手を振りながら、部屋を出ようとするのをセフォラが追いかける。
オルガは軽く手を振りながら、部屋を出ようとする。
「待ってー!移動魔法で森まで送るよ」
セフォラがぱたぱたと後を追いかける。
「偏屈じじ……じゃなかった、ゼーレ様、すぐ戻りまーす」
「偏屈じじい……」
ゼーレがうっすらと眉をひそめるが、それ以上は何も言わなかった。
セフォラが得意げにウインクし、オルガの腕をとる。
ふたりが扉の外に消えた瞬間、空間がかすかに揺らぎ、ぱたりと静寂が落ちる。
「……畑のこと、伝えそびれた」
レオニダスがぽつりと呟くと、椅子の音を立ててルーカスが笑った。
「最近そういうの、多いな。らしくないぞ、レオニダス」
「おやおや、堅物にも春がやってきたんじゃろかのう」
ゼーレが腕を組み、低く笑う。
レオニダスは応えず、ただ扉の方をじっと見ていた。
その先にはもう誰もいないはずなのに、まだ何かが残っているような気がして。
「……春」
誰ともなく零した言葉に、ルーカスがふっと笑みをこぼす。




