謁見
「えーーーっ!?そんなの聞いてないんだけど!?嘘つき!詐欺!石頭!堅物! えーっと、えーっと……」
「無表情鉄仮面とか、どう?」
「無表情鉄仮面ーッ!!」
「冷血漢なんてのもあるぞ」
「冷血漢!!」
──騒々しい罵倒の応酬は、王宮の廊下にまで響いていた。
ことの発端は二日前。レオニダスが森の花屋を訪れ、王宮からの迎えが来るから待てと言い残して去っていった。そして今朝、言葉通りに立派な馬車が現れた。新しい畑の話かも!と期待に胸をふくらませて到着したオルガが、王宮で最初に知らされたのは──
「……皇帝陛下と謁見!?」
寝耳に水とはこのことだ。
「もう王宮に来たんだ、腹を括れ。エリオット殿下も、お礼を言いたいそうだ。元気になった姿を見てさしあげろ」
どんな暴言にも動じず、冷淡な声でそう言い放つレオニダスの図太さは、ある意味で尊敬に値する。
「いやしかし、レオニダスが伝え忘れるとは珍しいな。わざと言わなかったんじゃないのか?」
宰相アーベルの横で、ルーカスがニヤニヤと膝でレオニダスの脇腹をつつく。
「本気で忘れていました。森を出てから思い出しましたが、どうせ王宮には来るのだからと、判断いたしました」
「うわー、まじめなくせにそういうとこズボラだよ!っていうかめんどくさいよー、そのえらい人にありがとう言われたら、すぐ帰っていいよね?」
そう言いつつ、オルガはやれやれと肩をすくめた。
まあ、呪いでぐったりしてた皇子が元気になった姿は、ちょっと見てやってもいいか──そんな気分で、渋々ながら謁見を了承することにしたのだった。
***
天井が高すぎる。
柱が太すぎる。
床、ツルツルすぎる。
「……なんか、歩くたびに転びそうで怖いんだけど」
「転ばぬようお気をつけください」
「うわ、怖い!敬語使われるとムズムズするよー」
レオニダスの案内で通された謁見の間は、噂に聞くよりもずっと静かで、厳かだった。壁には重厚な紋章、窓際には季節外れの花、そして正面には──
「……あれが、一番偉い人かぁ」
皇帝ヘンドリック・ラウエル。
代々続く帝国の頂点に立つ男は、黒の法衣に身を包み、瞳の奥に冷えた光を宿していた。歳は六十を超えているはずだが、威厳に満ちたその姿は、どこか像のように動かぬ印象を与える。
「この者が、“エルバの手”の使い手、オルガ=ファルネーゼでございます」
アーベルの声が空気を震わせ、オルガの肩が一瞬だけピクリと動いた。
「ども。花屋です」
深く頭を下げるでもなく、適当にぺこりとお辞儀するオルガに、背後で誰かが小さく咳払いした。たぶん、ルーカスだ。
「……貴殿が、我が孫エリオットの命を救ったと聞いた。礼を言おう」
皇帝の声は低く、よく通る。だがその礼に、感謝という感情は見えなかった。ただ、事実だけを述べるような、重たい響き。
「いや、別に。育てたのは花であって、わたしはただ種まいただけなんで」
「その“花”が呪いを吸い取ったと聞いた」
「うん。だから、わたしに感謝するのってちょっと違う気がするけど……まぁ、お役に立てたなら何よりです」
そう言って、またぺこりと軽く頭を下げる。まるで、常連客にサービスの品でも渡すかのような軽さだった。
「……面白い娘だな」
皇帝の口元が、かすかに動いた。それが笑みなのか、別の感情なのかは読み取れなかった。
「エリオットは、そなたに会いたがっている。……面会を許可する」
「……わかりました。でもそのあと、帰っていいですか?」
「構わぬ」
オルガは一拍、間を置いてからうなずいた。
「じゃあ、ちょっとだけ。……あ、あと、畑の話とか、もしあったら帰る前にしてもらえると嬉しいです」
ルーカスが肩を震わせ、アーベルが咳をこらえた。
レオニダスだけが、微動だにせず隣に立っている。
謁見の間をあとにしながら、オルガがぽつりとつぶやいた。
「……偉い人って、何考えてるかほんとわかんないねぇ。そういう訓練でもしてるのかな」
そう言って、眉ひとつ動かさず、無表情で遠くを見つめるヘンドリック皇帝の真似をしてみせた。
その横顔を見たレオニダスの口元が、かすかに引きつる。
彼が笑いをこらえたのは──この日が初めてだったかもしれない。




