レオニダス、森へ向かう
レオニダスは馬を走らせていた。
この森まで、いったい何度往復しただろう。
団長は忙しいし、他の騎士には任せられない。結局、副団長は便利な使いっ走り──。
そんなことを考えているうちに、見慣れた森が視界に入ってきた。
*
ことの起こりは、今朝。騎士団の執務室に、宰相アーベル・ノートンがふらりと現れたところから始まる。
「騎士団長、少しよいかな? 頼みたいことがあってね」
皇子の件に魔物の増加、そして次の討伐計画。頭の中がパンパンのルーカスは、史上最も嫌そうな顔でアーベルを見た。
「……なんだ、アーベル。内容による。お前も忙しいと思うが、今の俺はお前の一千倍は忙しい」
「へぇ、そうなんだ? 大変だね。僕もわりと今、大変だけど。お互い頑張ろうね? でね、その頼み事っていうのはね──」
ルーカスの返事などまるで気にせず、アーベルは飄々と話を続ける。そのマイペースぶりに、レオニダスはある人物を思い浮かべる。
「このあいだ、エリオット殿下のことで色々あったでしょ? そのお礼をしたいって、陛下からの伝言。あの、治してくれた子。オルガ嬢? 陛下と謁見ということになるんだけど、連れてきてもらえるかな?」
陛下と謁見……絶対来ないだろうな、とルーカスとレオニダスは同時に渋い顔をする。
「……オルガ嬢は、あまり森を出たくないそうで。来るかどうかは保証できません」
「えー? そんな感じなの? お礼に陛下がなんでもくれるかもしれないのに〜」
(なんでもってことはないだろ)と内心ツッコミを入れたルーカスは、面倒ごとを終わらせるために、話のすべてをレオニダスに投げる。
「わかった。今からレオニダスを森に向かわせる。オルガ嬢にその話を伝えて、それで断られたら諦めろ。欲しそうな物を聞いて、それでも送れ。──はい、この話は終わり。自分の巣に帰った帰った」
手をしっしっと振って追い出そうとするが、アーベルはまったく引かない。
「でもね? 陛下が“ぜひ会いたい”って言ってるんだよねぇ。絶対来てもらわなきゃ困るんだけど、なんとかして?」
そう言って、こてんと首を傾げた。
アーベル・ノートン、三十五歳。ルーカスと同い年。れっきとした男性だが、性別不詳と噂されるほどの美貌を持つ。巷の令嬢も令息も、彼にこんなふうにお願いされたら断れないだろう。
ルーカスは、アーベルを胡散くさーとちらりと見て、すぐにレオニダスに顎で「お前がどうにかしろ」と指示を出す。
「……聞くだけ聞いてみますが、保証はできません。何せ、あの方はこちらの常識があまり通じないもので」
「うーん、わかった。じゃあ陛下には『あまり期待しないで待ってて』って伝えておくよ」
「よし、帰った帰った。お忙しい宰相閣下様に、これ以上お時間取らせるわけにはいかないからな」
「ふふ、君はいつも素直じゃないねぇ」
アーベルはにこやかにそう言って、軽やかに部屋を出ていった。
呆気にとられたルーカスとレオニダスは、気を取り直して話を続ける。
「……レオニダス。今からひとっ走り行ってきてくれ」
「了解いたしました」
「あ、そうだ。ついでに“体力の実”と”魔力草”も、騎士団にいくらか融通してくれるよう頼んでくれ。最近、魔物が増えすぎて回復班が足りない。冒険ギルドとも連携してるが、それでも回らん」
──そんなやり取りがあって、現在に至る。
レオニダスは馬の速度を少し緩め、前方に広がる森の気配を確かめた。